第4話〈運命の出会い〉

 午後の授業が終わった僕達は、夕飯にはまだ早い時間に立教大学を出発した。


「何処に向かってるんだ?」


「ええから俺に黙ってついて来い〜」


 都電を乗り継ぎ本来なら降りる停留所を通り過ぎ……見たこともない景色の中を進む都電が停留所に着くと強引な篠田の案内で、ある場所に着いた。


「ほら、ここじゃここじゃ」


 外食券食堂の播磨屋は、2階建ての立派な建物だった。


「いや〜御茶ノ水に住んどる言うから帰り道も途中まで同じやし、丁度よかったわ〜」


 播磨屋は、住んでいた御茶ノ水の本郷元町から都電の水道橋線で7つ目の停留所で降りた神龍小学校の近くにあった。


「純子〜? おるか〜? お客さん連れてきたで〜」


 ガラガラガラと篠田が勢いよく引き戸を開けると……


「いらっしゃいませ〜」


 店の奥から暖簾を上げて出てきたのは、色白で儚げな女学生だった。

 三つ編みを揺らしながら微笑む幸薄そうな色白美少女に、僕は一瞬で心を奪われた。


「って条件反射で出てきちゃったけどみっちゃん? 冗談はいい加減にしてよ! お客さんて、まだ仕込み中でお店準備出来てないわよ?」


 食堂の奥を見ると、その子によく似た少し年配の女性が忙しそうに料理を作っている。

 この店は母娘でやっていて少女は母親の手伝いをしているのだろうか……


 困ったような表情をしていたが、それが一段と彼女の美しさを際立たせていて……後光が指しているように見えた。


「紹介しよう! この賢そうな書生は今日から俺の相棒になった高田源次くんだ!」


 篠田は強引に僕と肩を組み、バシンとカバンを叩いた。


「あっえっ、え〜っと……初めまして宮本みやもと純子すみこです! さっきはお見苦しい所をお見せしてすみません……この人強引な所あるけど色々大丈夫でした?」


 心配そうに僕を見つめる可憐な瞳が可愛い過ぎて固まって、思わず声が裏返ってしまった。


「だ……大丈夫です〜はい〜」


「お前緊張し過ぎや〜さては純子があんまり迫力すごかったから怖かったんと違うか?」


「また〜冗談ばっかり言って高田さん困ってるでしょ〜」


 くだけた笑顔で篠田の肩をバシッと叩く、そのやり取りが長年の呼吸で突っ込みをし合う夫婦漫才のようで……


 僕の淡い初恋は一瞬で終わった。


「お待たせしてすみません……母の宮本静子しずこです。奥の座敷が自宅になってますんで開店前にお茶でもどうぞ……」

 

 奥に案内されて中に入る道中も冗談を言いながら笑い合う篠田と宮本純子さんは笑顔がなんとなく似ていて……

 お似合いの二人という感じだった。


「あ、あの……お二人はお付き合いをされてらっしゃるんですかね?」


 勇気を出して聞いて見ると……


「ブッ……くっ……アッハッハッハ〜こいつ俺等のこと恋人と勘違いしよったわ」


「えっ? 話してなかったの? やだもう光ちゃんたら肝心な事言わないんだから……」


「え? どういうこと?」


「いとこじゃ! こいつは俺の父親の兄貴である浩一おじさんの娘!」


「な、なんだ〜道理で似てると思った」


「似てへんわ」「似てないわ」


 両側から来たツッコミの声が息ぴったりだった。


 座敷に座って話を聞くと、どうやら浩一おじさんは陸軍に出征していて空いている部屋に篠田が住んでいるらしく……結局2階も案内された。


「純子〜こいつすごいんやで〜坂本龍馬と同じ11月15日生まれなんや」


「いや、すごくはないよ……ちなみに宮本さ……えっと……純子ちゃんの誕生日はいつなの?」


「私は1月7日! 1928年の1月7日生まれで近くの高等女学校に通ってて……今3年生なの」


 高等女学校は尋常小学校(国民学校初等科)を6年終了した卒業後に入学する先の一つであり5年で卒業で……高等女学校3年というのは学制改革後でいうところの中学校3年生にあたる。


「じゃあ14歳? しっかりしてるから、もっと上だと思ってた……でもなんで名字が違うの?」


「俺の親父は次男やから婿養子で母親の篠田の家に入ってな〜俺が養子になったら篠田の名が途絶えてしまうから名字はそのままなんや」


「そうなんだ~本当びっくりしたよ」


「安心したか? でもな? いとこ同士は結婚できるらしいで〜」


「もう! 光ちゃんたらそんな冗談ばっか言ってないで高田さんみたいに真面目に勉強したら?」


 この時の僕は可愛い子と知り合いになれたことに舞い上がっていて……

 襖の後ろから注がれる冷たい視線と侮蔑の声に全く気付いていなかった。


 「何あいつ……」

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