1 もうひとりの姫川さん。SF回ですか?

 合宿が終わり、夏休みに戻った。

 休み中も学校に登校してeスポーツ部の部室でオンライン対戦する。運動部をはじめ、部活動がある生徒たちは夏季休暇中も登校していた。


 わたしこと鳴海千尋がいつものようにeスポーツ部の部室の扉を開けると、部長の姫川さん、副部長の折笠さんが会話していた。


 文学少女の村雨さんもいる。新入生の黒咲ノアちゃんはまだ来ていなかった。


 姫川さんと折笠さんが会話している。


「ねえ、聞いて詩乃。今日クラスで姫川は生き方がいいかげんだって言われたの。わらわを愚弄するものには罰が必要と考えるが、そなたはどう思うか?」

 姫川さんが下界を見渡すような口調で言う。


「あんた女王さま⁉」

 折笠さんは一驚した。


「姫川です。千尋もあたしのこと繊細だって思うよね?」

 姫川さんが入室したわたしを見て語りかける。わたしは返答につまった。わなのような質問だ。なんと答えてもどちらかの不興を買うだろう。


「衛生兵! 錯乱しているわ。エピを一ミリグラム投与して様子を見ましょう」

 折笠さんが軍医のまねごとをする。


※エピ……エピペン。アナフィラキシーショックを緩和する治療薬。


「エピは切らしてます」わたしは折笠さんの冗談にのっかった。


「じゃあ、エビの粉末でいいわ」折笠さんが指示した。


※エビの粉末……だしに使われる。体内に注入すると死亡の原因になる。


「あたしを殺す気か! ふざけないでくれます⁉」

 姫川さんはテーブルを叩いた。


「ふざけているのはあんたでしょう!」

 折笠さんがテーブルを叩きかえす。


「あたしは繊細なんだ、こんちくしょう!」


「頭おかしい! あんたは庇護欲を刺激する女じゃないのよ!」


「よくも言ったな! 繊細だと認めないと暴れるぞ」

 姫川さんが椅子をつかんだ。


「折笠さん、ここは繊細だと認めたほうが良いんじゃないですか。天音さんが本気で暴れたら校舎の三階と屋上が吹っ飛びかねません」わたしは仲裁に入った。


「いいや、甘やかすとつけあげるのよ」

 折笠さんは柳眉を変形させた。


「詩乃だって、エロい体してるくせに」

 姫川さんは憎まれ口を叩いた。


「よくも言ったな! 好きで乳が腫れたわけじゃないのよ! 殺してやる!」


 ふたりは取っ組み合ってお互いのほほをつねくりあった。わたしは固唾をのんで見守った。このふたりの思考回路は地球上の人間には理解不能である。


 本気でけんかをしているのか、じゃれあっているのかすらも判別不能だった。


「へっ、おまえいいパンチしてんな。効いたぜ」


「おまえもな」


 ふたりは唐突に小芝居を終了して、よだれを拭いた。パンチしてないじゃん……。


 どうやら、仔猫姉妹がスキンシップをしているのと同じだったらしい。ときどきわからなくなる。この人たちが「普通」で、わたしが「異常」なのだろうか……。


 村雨さんがお腹を抱えて笑いだした。ツボにはまったらしい。そんなに面白かったかな。


「苦しい、苦しい。わたくしを殺すつもりですか。『笑い死に』は一説に一番苦しい死に方といわれております」


「今日も飛ばしてますね。天音さんたち」

 わたしは感想をつぶやいた。


「あたしたちはこれで平常運転よ」

 ふたりはもとの姿勢に戻った。


「そうそう。武帝」

 折笠さんは口元に手をあてた。さっきまでのいさかいはどこへやら。特大の信頼で結ばれているふたりは「ごっこ」で争っていたのだ。


「いまのは中国三国時代の英雄、曹操を指しているのですね。彼の諡号が武帝ですね」

 村雨さんはひれ伏して笑っている。


「いまのボケを一瞬で理解した村雨さんのほうがすごいと思います」


 わたしの発言に全員が笑い転げた。


 女子高生といえば箸が転んでもおかしいといいますが、いつも笑っているわたしたちは寿命が延びているかもしれない。


「鳴海さん、ヒメの誕生日をみんなでお祝いするから明日の午後時間空けといて。ノアにも通知してあるから」

 折笠さんが本題に入り、姫川さんのお誕生日会をすることになった。


 これが事件の発端となり、余命一年のヒロイン編・第五章『令和最小のミステリー』開幕となります。



 翌日の午後。

 わたしたちは部室に集合して姫川さんの自宅へ移動。折笠さん以外ははじめてお邪魔する。姫川さんの自宅は学校からけっこう遠いらしく、通学に一時間かけているそうだ。


 急行が止まらない某駅。駅から一五分歩いたところにある1LDKマンションが姫川さんの住んでいるところだった。


 三階までエレベーターに乗り、姫川さん自ら自宅の扉を開ける。


「あたし姫川天音弐号。よろぴく」


 室内に案内されると姫川さんのドッペルゲンガーがいた。正確には冬用制服を着たもうひとりの姫川さんが立っている。わたしの隣には夏用制服を着た姫川さんがいるというのに!


 ぽたぽたっ……


 わたしは脚ががくがくして恐怖失禁してしまった。カーペットにわたしの尿がシミをつくった。


「ドッペルゲンガー、怖いよ~!」


※鳴海千尋はドッペルゲンガーが苦手という設定です。


「脱げ! あたしの制服勝手に着ないでよ。年甲斐もない」


「ひどい! 傷ついた! あたしって繊細じゃないですか」


 ふたりの姫川さんたちは口論をはじめた。

 この既視感……!


 ドッペルゲンガーって、見ると死んでしまうのでしょ。やだーっ! 姫川さんが死ぬなんてやだやだーっ!


 わたしたちのなかで折笠さんだけは平然と腕を組んで見守っている。



【作者からの読者さまへの挑戦状】

 突如現れた姫川のドッペルゲンガー。彼女の正体とはいったい?

 必要な情報は既存の章に提示されています。冬服の制服を着た姫川の正体がわかりました方は感想コメントにて入力をお願いします。締め切りは回答編の更新までです。

 この令和最小のミステリーを的中させた方に景品はありませんが、返信にて褒め称えます。次回はヒント編になりますので、回答の難易度は下がります。ぜひ、ヒント編が公開されるまえにご回答ください。

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