3 お久しぶりです。九条さん
『メディウム・オブ・ダークネス』(MOD)大型アップデートと今年のGEBOの種目にMODが選ばれなかったニュースを一度に知って衝撃を受けたわたしたち。
気持ちを共有するいとまもなく下校時間になった。
わたしこと鳴海千尋は折笠さんとペアで下校している。姫川さんも同じ方向に用事があるので一緒に下校することになった。
姫川さんを慕っている村雨さんもそれならばわたくしもという流れになった。新入部員の黒咲ノアちゃんも一緒である。
「これからどうなるんだろうね」
姫川さんが珍しく弱音を吐く。
「うちのパパにGEBOのスポンサーになってもらえばよかったかしら」
折笠さんの発言は冗談ではない。彼女の父親は大企業のCEOなのである。
「わたくしは最後まで天文部に己を捧げる所存です」
村雨さんのしゃべり方は古風だなあ。
「鳴海さんは?」
「わたしは……。できることなら去年の借りをかえしたいです」
折笠さんに促されたわたしは本音を語った。わたしこと鳴海千尋はGEBOで韓国人プロゲーマーに敗北して第三位に終わった。無念である。できることならもう一度対戦したい。
「ノアは?」
姫川さんは携帯をいじっているノアちゃんに話しかけた。
「いまボクはガチャを引いてたので話を聞いていなかったです」
「やれやれ……。ま! なんとかなるでしょー。あたしは運が良いから」
「よく言った! ヒメ! それでこそわたしたちのリーダーよ」折笠さんは会心の笑み。
『えいえいおー!』
わたしたちは腕を掲げる。夢に、大空に、未来に向かって!
「ほら、ノアも」
「ボクもやるっすか。パイセンたちサラマンダーだね!」【ノア言語でアツい】
ノアちゃんも一緒にもう一度。こういうとき素直に従うのは彼女の良いところだ。わたしたちだって恥ずかしい。
でも恥ずかしいからってやりたいことを我慢するのはノーサンキュー。姫川さんははじめて会ったときからそのことを教えてくれた。
パーカーのポケットに振動を感じた姫川さんはスマートフォンを取りだした。
「九条さんからRINNEだ」
※RINNE……この世界のSNSアプリ。
【軽暖の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。日頃は格別のお引き立てをいただき、ありがたく御礼申し上げます。姫川さん、MODの大型アップデートと本年度のGEBOにMODが選ばれなかったことご存じですか?】
【今日知ったよ】
【そうなのですね。去年のGEBOの打ち上げやりませんか?】
九条沙織さんは姫川さんのライバルで鳳女学院の生徒会長である。彼女率いる茶道部メンバーもGEBOに参加していた。九条さんの文章は格式ばっている。
【いいね! やろう!】
姫川さんはわたしたちを見かえした。
【あたくしたち鳳女学院組が全員が集まれるのは今週末です。そこで話したいこともございます】
みんな顔を見合わせうなずいた。
【それならうちらも大丈夫】
【都内は土地鑑がないのでできれば駅まで迎えに来ていただけますと幸いです】
姫川さんは了解のスタンプを押した。
GEBOは去年の一一月だったから九条さんたちに会うのは八ヶ月ぶりか……
芸能人デビューした二ノ宮
現在は歌のお姉さんとして『はっぴぃ体操』を担当している。幼児向けの番組だが毎日放送され知らぬ人はいないというくらいの有名人になった。
週末駅で九条沙織さん、七瀬
「姫川さん、ご機嫌麗しゅう。ご病気の『学生カップルコンプレックス』の容態は落ち着いていますか? 心配していたのですよ」
長髪黒髪の日本人形のような九条さんが気遣う。彼女は指ぬきグローブがトレードマークだ。
「大丈夫だよ。弱音や泣き言をいってもなんにもならないし」
姫川さん……。余命一年なのにけなげだな。
「あら、この子はどちらさまですか」
九条さんは青い髪で奇抜なファッションをしている黒咲ノアちゃんを見やる。
「この子は黒咲ノア。天文部eスポーツ班の新人だよ」
「ボクは黒咲ノア。ゲーマーさ」ノアちゃんは誇らしげに名乗った。
「恋ちゃん、ノアちゃんは恋ちゃんと同じボクっ娘だよ。絶滅危惧種同士仲良くして」わたしこと鳴海千尋は恋ちゃんに話しかけた。
「絶滅危惧種って言うな! ボクをこんなキテレツな格好をした子と一緒にするな!」
恋ちゃんは手を振り上げた。肩につるされている青色のヘッドフォンが揺れる。九条さんに誕生日の贈り物としてプレゼントされた思い入れがあるもので彼女のトレードマークだ。
「そんなことを言って本当はボクのことが好きなんだ」
ノアちゃんの発言は正気だろうか。
「ちがわい!」
「七瀬さんは最近どうですか?」
わたしは九条さんの後ろを歩いている女の子に話しかけた。
「わたしはいつも通りネコちゃんに塩対応されて落ち込んでます」
質問に答えた七瀬さんはネコ好きだけどなぜかネコに嫌われるのが悩み。指は絆創膏だらけだった。
「恋ちゃんはっぴぃ体操大人気だね」
「……女子どもには受けがいいね。あいつらは音楽がわかってないからね」
恋ちゃんは不機嫌そうに答えた。自分の歌をディスっている。
「どうしたの恋ちゃん?」姫川さんも異変に気づいた。
「…………」
恋ちゃんは聞こえているはずなのにトレードマークのヘッドフォンを装着して背中を向けた。
いつも愛嬌たっぷりの恋ちゃんの様子がおかしい。恋ちゃんは震えだした。
つづく
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