1 大事件のはじまりは音もなく
「あたしって、繊細じゃないですか」
五月中旬。中間テストが終わったばかり。姫川さんはeスポーツ部の部室で唐突に語りだした。部室には姫川さんのほかに折笠さん、村雨さん、新入生の黒咲ノアちゃんとわたしこと鳴海千尋がいる。
姫川さんが繊細?
「大胆不敵って言い間違えたんですよね。天音さん!」
わたしは姫川さんのおつむがくるくるしているんじゃないか心配した。
「
(※豪放磊落……心が大きいことのたとえ)
村雨さんが難しいことを言う。
「みんなが帰ったあと、ひとりでお股を濡らしているの」
姫川さんは目元に手をあてて泣いている……まねをしている。
「お股を濡らすな! 涙を流せ! 綺麗な顔で下品なジョークを言うな!」
折笠さんがハリセンで姫川さんの頭を叩いた。
「そのハリセンはどこから……?」
姫川さんは後頭部をさすった。
「あなたのために一○○円ショップで購入したの」
「お金の無駄遣いだ」
「さっそく役に立ったじゃない」
「盛り上がって参りました!」
黒咲ノアちゃんが意味不明なことを言う。ふしぎな子だ。
「いや、盛り上がってないでしょう」
折笠さんが頭を抱えた。
「
ノアちゃんの発言は真実だった。姫川さんには最近悩みがあるという。
「みんな聞いてよ。あたしはマーマの日記をこっそり読むことが最大の楽しみなんだけどさ」
「サイテーだな」折笠さんは顔をしかめた。
「マーマが日記のはしっこに官能小説を書きはじめてさ。それがクッソエロいの」
「天音マーマやばい」
折笠さんも呆れ気味である。
「どんな内容なんですか。わたくしも小説家のはしくれとして興味があります」
村雨さんが眼鏡を正した。
「人妻凌辱もの。基本的に和姦はない。そして剃毛シーンがある」
「ひいいい」
わたしこと鳴海千尋は声をあげた。
「前の旦那と別れてからだいぶ経つからね。欲求不満が爆発寸前みたい。マーマの新作を読んだ夜は体が火照って眠れない」
「深刻ね。再婚とかしないの?」
折笠さんが髪の房をくるくると回した。
「なんか婚活アプリはじめたらしいよ」
「天音さん! 人の日記を勝手に読むのは人の道に外れています! だめですよ!」
「はひ、すみませんでした」
わたしが本気で叱責したので姫川さんも態度を改めた。
まったくもう。姫川さんは良い人だけれど、ときどきハメを外し過ぎるのが玉にきずだ。
じつはこの話題はとんでもない事件に発展する伏線だったのです。それでは余命一年のヒロイン編・第二章開幕です。タイトルは『護国寺先生マッチングアプリの沼にハマる』です。
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