1 余命一年のヒロイン

 季節はもう一二月。クリスマスも間近。わたしこと鳴海千尋は天文部の部室にいた。部室にはわたし以外に天文部メンバーである部長の姫川天音さん、副部長の折笠詩乃さん、そして村雨初音さんがいる。いつもと変わらない放課後である。


「もうすぐクリスマスだね。あたしの学生カップルコンプレックスがうずくよ。恵まれた青春を謳歌している有象無象のごくつぶし連中にあたしの苦しみの十分の一でも分けてやりたいよ」


 姫川さんは世界初の症例『心因性急性進行性致死性学生カップルコンプレックス・シンドローム』の診断を受け、余命一年を宣告されてしまった。


「やめてあげて! 死んじゃうから!」

 折笠さんは姫川さんにいつも通りに接している。


「人前で手をつなぐな! 人前で手をつなぐなんて性行為に等しい。破廉恥だわ、見てられない」


「頭おかしい」折笠さんの口に衣着せぬ毒舌。


「街を歩くときは気をつけてくださいね。学生カップルを見ないように」

 村雨さんが気遣う。


「本当はうらやましいだけでしょう」

 折笠さんが冷たい視線を姫川さんに送る。


Даダー」(※ロシア語で肯定)姫川さんは目元に手をあてて泣きだした。「はやくリア充になりたいよう! え~ん!」


「自分に正直なお姉さま、綺麗です」

 村雨さんの姫川さんのへの想いは信仰に近いようだ。


「おばかさんの間違いでしょう」折笠さんは呆れている。


「わたし、天音さんくらい自分をさらけだして生きてみたいです」

 わたしははじめて姫川さんに会ったときから胸奥に秘めていた想いを告白した。


「それな! なんだかんだいってわたしもヒメのこと好きだもん」

 折笠さんは髪の房に触れた。


「やったー! 両思いだ!」姫川さんは万歳。


 泣いたカラスがもう笑った。乙女心と秋の空。いま冬だけどね。

 余命一年を宣告された姫川さんはそのことを気にとめていないみたい。


「あれ、護国寺先生じゃないですか?」

 村雨さんが窓の下を指さす。


 天文部部室は三階にあるので校舎の下が良く見える。

 みんなの視線が注目すると、中庭に護国寺先生とスクールカウンセラーの小山ひかり先生が立っている。


 ひかりちゃんは明るく染めた栗色の長髪に美白した肌。小顔メイクにつぶらな瞳がキュート。生徒に大人気の女性。


 会話は聞こえないけど、わたしたちは全員女性。女の勘が、護国寺先生が彼女に告白していると告げている。


「護国寺先生、やるじゃん!」


「ひかりちゃん、彼氏いるんじゃないんですか?」


「うん、あの噂はね……」折笠さんは眉をひそめた。「いいえ、いまは護国寺先生の恋を見守りましょう」


「なにを会話しているんでしょう」


「待って。いま読唇する」


 姫川さんが天体観測用双眼鏡でふたりを観察する。


「ちょっと待って。なんで女子高生が読唇術使えるの?」


 折笠さんの突っ込みはこの際スルー。

 想いが成就するのか知りたいから。


『おれ、いやわたしはまえから小山先生のことを好ましい女性だと思っていました。生徒たちに接する姿が素敵だなって。もし良かったらこんど一緒にお食事でもどうですか。おごりますよ』


『ええ。二日酔いですがよろしくお願いします』

 姫川さんがふたりの会話を読みあげる。


「ヒメ。二日酔いじゃなくて不束者ふつつかものでしょ」


『よかった。小山先生に彼氏がいるという噂を聞いたことがありまして』


『どこでそんな噂を聞いたのですか。特定の人はいません』


『嬉しいです。生徒たちには絶対内緒でお願いします』


『もちろんです』


『護国寺先生って指が長いんですね。わたし指の長い男性が好きなんです』


「やったじゃん! 護国寺先生。やるときはやる男だった」


 わたしたちは護国寺先生を祝福した。ただひとり、村雨さんを除いて。


 村雨さんはくちびるを強く噛んでいる。前髪で目が隠れ修羅の形相である。


 彼女は護国寺先生に自己紹介されたとき彼に一目ぼれして、それ以来アピールを繰りかえしてきた。この件は彼女の純情を粉々に打ち砕いたのだ。


 一波乱ありそう。恋の大嵐が。

 それではご紹介しましょう。『聖少女暴君』第一巻のラストエピソードになります。サブタイトルは『クリスマス・オブ・ナイトメア』です。


つづく

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