第17話

「ラナ、やっとお前が一人になる機会を作ることができた。あいつが与えた魔族達もきちんと役に立って僕に最高の舞台を用意してくれたよ」


 気分が高揚しているのか、ダリアンは不気味な笑いを浮かべてこちらに向かってくる。


(あいつが用意した魔族って……やっぱり!!)


「あの魔族達はやっぱり君とあのフードの男の仕業だったのか」


「おや? その口ぶりだとあいつのことを知っているようだね。そうとも僕は彼と強力関係だ。君を倒すためのね」


「僕を倒すため? 僕如きを倒すために随分と戦力を用意したんだね、まあ魔族はもう倒したけどさ」


「構わないよ、君を殺すのは僕の役割と始めから考えていたしさ。この状況を僕は待っていたんだ」


「……答えはなんとなく分かるけどさ」


 僕は感情の籠もっていない声でダリアンに問いかける。


「なんでこんな馬鹿げたことをやろうなんて思ったの? 君の実力じゃ僕を倒せないことは君が一番理解しているでしょ。僕が気に入らないなら暗殺すればよかったのに。わざわざ一対一で戦おうとした理由は?」


「決まっている」


 ダリアンは僕を睨みつける。その瞳には憎悪の感情が宿っていた。


「貴様が、貴様が僕に無様に敗北する様を見たいからに決まっているだろう!」


 ダリアンはそう言うと右手を上げる。魔力が彼の右手に収束し、大きな氷の槍を形成する。


「今日ここでお前を倒すことで僕は自分が優れていることを確認し、皆に力を証明するのだ! 僕を蔑ろにしたライアム公爵もアーシャにもお前の死を突きつけ、絶望を味わってもらう!」


「……今、最後になんて言った?」


 こいつは今、最後に聞き捨てならない発言をした。公爵様、そしてなによりアーシャに絶望を味わってもらうだって?


「ククク、やはりお前はあの二人が大切なようだな。そうとも、お前を選んだあの二人にはそのことに対する罰を受けてもらう! お前の死を送り届け、嘆きの底に沈んでもらうさ! その後であの二人も権力の座から降りてもらう! 僕より君を選んだ愚か者だ、そんな人間が貴族の頂点にいてもらっては困るからな!」


「……」


 僕はダリアンのくだらない演説を黙って聞いていた。こいつに負けるわけにはいかないという気持ちとーー叩きのめす時に遠慮しなくてよくなったという感情が僕の心を支配していく。


「さあ始めるぞ、ラナ・ライアム! お前を殺し僕は自分の力を揺るぎないものと確信するんだ」


 叫び声と共に大きな氷の槍がダリアンの前に生成される。


「へえ」


 僕は少し驚いていた。学院時代には彼はあれほど強力な氷の槍を生み出すことができなかったはずだ。


(いつのまに? いや、本人が強くなったというよりも……)


 僕はダリアンの手で輝きを放っている指輪を見る。彼が魔力を操るのに反応して大きく強い光を放っていた。


(あれが原因か? あんな魔導器見たことがない。あのフードの男の仕業か)


 彼から与えられたと思われるあの魔導器の効果はおそらく魔力操作技術の向上だろう。だからダリアンは今、前までできなかったような大きさの氷の槍を生み出している。


「それがどうした」


 けどそんなことは関係ない。あんな程度のものなら僕はもう見飽きている、前世や今世で戦った古竜のような怪物に比べれば、あんな小物が強くなったところで怖くはない。


「なんだと?」


 僕の先程の言葉にダリアンが反応する。どうやら僕のさっきの発言が癇にさわったようだ。


「その指輪、それで君の魔力操作技術を向上させたの?」


 僕の質問にダリアンは口の端をつり上げて笑い、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「そうとも! この指輪のおかげで僕は君を超えられる! 今までのようにいくと思うな!」


「ふうん、でその指輪の提供主はあのフードの男というわけか」


「ははは、そうだとも! あいつには感謝せねばな! 今日という日を迎えるために僕に力を授けてくれたのだから!」


 ダリアンは叫ぶと同時に氷の槍を僕に向けて撃ってくる。だが僕はその場を動かない。


「今までは僕に対する嫌がらせだけだったから我慢したけどさ。もう今回の件は言い逃れできないよ。このことがばれればローレンス家は必ず罰を受けることになるだろうけど?」


「貴様をここで殺せば誰も目撃者などいない! 魔族に負けて死んだことにでもするさ! それより悠長に構えてて良いのか!? 僕が放った槍がもう目の前に迫っているぞ!」


 ダリアンの言う通り、氷の槍は僕の目の前まで迫っていた。直撃すればただではすまない。


「……本当に救いようのない愚か者だったってことか」


 ここまで彼が愚かだとは思っていなかった。ライアム家ーーなにより僕を救ってくれたアーシャに害を成そうとする以上、明確な敵だ。


「もう加減はしないよ」


 宣言し、右手に雷の大剣を生み出す。そのまま力任せに横薙ぎに振るい、氷の槍を粉々に砕いた。


「な、なに……?」


 ダリアンは今の光景が信じられなかったのか目を見開いて驚いている。


「ねえ、今ので終わり? 君は力を増してもこの程度なの? せっかく強くなったっていうんならさ、もう少し楽しませてよ」


「ふ、ふざけるなあああああああああああああ!!」


 煽るような僕の言葉にダリアンは激昂する。僕の周囲に大量の氷の槍を生み出した彼はそれを僕に向かって放つ。が、僕はそれを右手に形成した雷の大剣を振るい、すべてたたき落とした。


「はっ?」


「まさか本当にこの程度なの?」


 ダリアンは今度こそ放心している。それほど彼にとって今の光景は衝撃が大きかったのだろう。なにせ僕より強くなれると言われて渡された指輪がまったく意味を成していないのだから。


「な、なぜだ! なぜ今の僕の魔法が通用しない! この指輪があればお前を上回れるとあの男は!」


「確かにその指輪があれば魔力操作技術を向上させ、僕を倒せたかもしれない。君は基礎だけなら優秀だから。でもあまり鍛えてないでしょ、君」


「!?」


「学院の時からそうだけど基本人を使って嫌がらせをし、なにかあっても自分は責任を取らなかった君だ。君はなにかを手に入れるために自分の手を汚さない。普段から魔力操作の鍛錬なんてやってないでしょ?」

「あ、ああ……」


「そんな人間に学院を卒業してから魔族と戦い続けていた僕が負けるとでも? その指輪ははっきり言って宝の持ち腐れだよ。結局向上するのは本人の技術あってこそなんだから。君のような人間が使ってもその指輪は大して恩恵をもたらさない」


 僕は右手の雷の大剣を構えたまま、彼にゆっくり歩みよる。


「ひ、ひい!」


「君が心の底から正々堂々と僕に勝つために鍛錬に励んでいれば、この指輪も君にかなりの恩恵をもたらしただろう。だけど君はそれをしなかった、それがすべてだ」


「く、来るなあ!」


 ダリアンは僕から逃げるために背を向けてみっともなく走りだした。僕は大きな溜息をつく。


「本当に最後まで情けない人間だね。まあ学院時代からの君とのくだらない因縁を終わらせるいい機会だ、ここでもう決着をつけようか」


 僕は感情を廃した冷たい声で継げると地を蹴り、彼に近づく。


「!?」


 彼は僕が一瞬で距離を詰めたことに顔を引きつらせる。僕は拳を握りしめ、彼を殺さない程度の力で彼の顔を殴り飛ばした。


「がっ!!」


 ダリアンは地面を転がり、倒れる。僕は倒れた彼にゆっくりと近づいていく。


「くそ、くそ、くそ!」


 悔しそうな彼の言葉が聞こえてくる。


「何故だ! 何故勝てない! 鍛錬の差だと? そんなもの魔力操作になんの関係がある!! 鍛錬せずとも強い者は強いんだ!!」


 それは一理あるかもしれない。彼は確かに魔力操作の才能はあった。学院でも優秀と褒められていたくらいだ。しかし、


「鍛錬をして強くなった人も才能があっても努力を怠らない人もたくさんいる。お前はただ現実から逃げただけだ。だから僕に勝てない。勝てないという事実を受け止めて努力を重ねればこんな無様な結果にはならなかったと思うよ」


「くそがああああああああああ!!」


 とても高い身分の人間から発せられてたとは思えない声が彼から出る。僕に対する憎しみの込められた声だった。


「許さん! 許さんぞ! ラナ・ライアム! どこの生まれかも分からない卑しい身分の出身で貴族の僕より優れているなんて許さんぞ!」


「最後の最後までそういうことしか言えないの?」


 僕は呆れながら問いかけた。しかし、ダリアンは憎しみに溢れた目で僕を睨みつけるのみだ。もはや最初の余裕は見る影もない、今の彼を支配するのは屈辱感と僕への憎悪だろう。

 僕はそんな彼を無感情み見下ろして彼の目の前に立つ。そうして雷の剣がない左手を挙げた。


「それじゃこれで終わりだよ」


 僕の振り下ろした手刀が彼の意識を刈り取り、戦いは終わった。

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