第16話

「ラナ~、もう出発しますよ~」


 僕の主――いや今は家族といったほうがいいお嬢様が呼びかけてくる。


「待ってて、今行く」


 僕は愛用している剣を腰に下げ、部屋を出る。部屋の外にはアーシャが待っていた。


「遅いですよ、まったく」


 言葉だけ聞くと怒っているようだが、表情はどこか嬉しそうだ。今日は公爵様とアーシャと一緒に領内を巡ることになっている。ライアム家の一員となったからこういうこともこなしていかないといけなくなった。

 この前ラナが戻ってきた時は領内の中心地を見て回っていたから今日は他の領地と接しているような境界にある町を見て回る予定だ。

 アーシャが機嫌がいいのは僕と一緒に公務に行けるからである。言葉に絶対ださないけどね。


「ごめん、用意に手間取っちゃって。この前みたいに魔物が出ないとも限らないし、武器は持っていったほうがいいかなと思ってさ」


 僕の言葉にアーシャの表情が硬くなる。


「……そうですね。あなたの言う通りです。お父様にも今日の護衛を増やすように進言したのですけど……」


 表情が暗い。この感じだと……。


「その様子だと取り合ってもらえなかったみたいだね」


「ええ。気持ちはありがたいが人を急激に増やせるわけではないので自分の警備に割くよりも領内の警備に人員を割きたいと……。ご自分の身ももう少し気にされて欲しいです」


「公爵様らしい考え方だね」


「私としては自分の身を心配して欲しいところです。お父様が簡単にやられると思えませんけど」


 公爵様も魔力操作技術が一流の方だ。アーシャの言うとおり、そこらへんの人間にやられるような人じゃない。ただ僕も護衛を増やさないというのは僕も不安だった。


「まあ大丈夫だと思うよ。この前みたいなことにはならないと思うし。というより何度もあったら困るしね」


「……そうですね。すいません、気にしすぎでした、行きましょう」



「来たか」


 屋敷の門の前まで来ると、そこには公爵様がすでに待っていた。


「お待たせして申し訳ありません。公爵様」


「いや、私も先ほど来たばかりだ、気にすることはない。それでは出発しようか」


 公爵様はそう言われると馬車に乗り込まれる。アーシャもそれに続いて馬車に乗り込んだ。


 ふとある人物と目があった。


(ダリアン?)


 ローレンス家はライアム家にずっと仕えてきた家だ。護衛に入っているのはなにもおかしくないけど……。

 僕と目があったダリアンはにやりと笑い、出発の準備があるのかその場を離れていった。


「……」


 なんだろう、彼がなにかを企んでいるという根拠はない、けれど僕はなぜかとても嫌な予感がしていた。



 馬車に乗った僕達はそのまま目的地に着き、視察を無事に終えて屋敷への帰路へついていた。


「無事に終わったね」


 僕は隣に座っているアーシャに話しかける。


「ええ、何事もなく領地に戻れそうで安心しました。帰路も無事に屋敷に辿りつくことを願います」


「そうだね」


「? ラナ、浮かない顔をしていますがどうかしましたか?」


「いや……」


 僕は今までなにもトラブルが起きていないことにほっとしつつもどこかまだ警戒を解くことができないでいた。


(今朝見かけたダリアンのあの顔がどうにも気になる)


 あの不気味な笑顔が頭から離れないのだ。だが彼がなにかを企んでいたとしても動きがないため、どうしようもない。


「……なにか気になることでもありますか?」


 僕の顔色が優れないの見てラナが心配する。こういうところは鋭いのだ。


「あはは、アーシャには隠せなさそうだね」


「当然です、幼い頃からあなたのことは見てきましたから。あなたが考え事をしているくらい様子をみれば分かります」


「うん、それじゃ君には話しておくよ。僕が気にしているのはダリアンのことなんだ」


「ダリアンですか? 確かに彼は私も少し警戒していますが、今日は特に目立ってなにか起こそうとしている感じでもなかったと思います」


「逆にそれが不気味なんだよね」


「なにもしてこないのがですか?」


「うん。今朝彼と目があった時こちらを見て笑ってきたんだ。そんなことしておいてなにもないのは不気味だなと思って」


「……確かにそれは不気味ですね。なにもないといいのですが」


「僕もそう願っているけどね、どうもそうはいかない感じが……」


「ぎゃあああああああああ! ま、魔族!」


 突如、外から悲鳴が聞こえた。僕とアーシャは顔を見合わせ、馬車の外を確認する。悲鳴を上げたのは前方の馬車の御者だった。彼は必死に逃げようとしているが襲ってきた魔族に捕まり、殺されてしまった。


「……!?」


「あの魔族は……!?」


 魔族――正確には魔族の群れだが――にはこの前僕達が遭遇した魔族と同じように体内から結晶のようなものが生えている。


「僕達がこの前遭遇した魔族と同じ……!」


 ということはあの謎の男がまた? その可能性を考えて僕は周囲を見回すがあの男はいない。


「いったいなんでこの魔族がこんなところに……」


 あの男がいないのならなぜこの魔族がここに出没するんだ? 僕らがここを通った時にいきなり都合よく襲ってくるなんてことがあるんだろうか。


 ふと朝見たダリアンの顔が頭に浮かんだ。


「まさか……」


 証拠はない。しかしこの自体が彼が起こしたものではないかと疑ってしまう。


(でも一体なんの目的でこんなことをするんだ?)


 彼がもしこの件を引き起こしていたとしてもなぜこんなことをするのか理由が分からない。僕が憎いとしたら僕だけを狙うはずだけど……。


「ラナ!!」


 僕に呼びかけるアーシャの怒声。


「なにをしてるんです!! ぼんやりしないでください! 今は皆をあの魔族から守りますよ!」


 そうだ、今はあの魔物を撃退して皆を守らないと。いろいろ考えるのはその後だ。


「君の言うとおりだ。それじゃ行こう!!」


 かけ声と共に僕とアーシャは魔族のほうへ駆け出す。


(数が多い!!)


 ざっと確認しただけでは敵がどれだけいるかは分からなかった。しかも今回はいろいろな種類の魔族が混ざっている。


(おかしい、違う種類の魔族がこんなに群れを成して襲ってくるなんてあり得るのか?)


 同じ種類の魔物が徒党を組んで行動することはあり得るだろう。しかし今回のように鳥類や狼と行った違う種類の魔族が一緒に行動することなんてことは。


(いや、これだけの種類の魔族を操れる存在ならいる、いるけど……)


 これだけの魔族を自在に操れるとしたら出来るやつは一つだけだ。僕が知っている中で前世も含めてそんなことが出来るのは魔王ただ一人。

 しかしあの魔王はすでに討伐された身だ。それこそ僕が前世で自分の命と引き換えに打ち倒したのだから、今の世の中にいるはずがない。今世にも魔王と呼ばれている魔族はいるけどそいつが前世の魔王と同じことが出来るかどうかは僕には分からないし。


(いろいろ分からないことは多いけど、今は皆を守ることに集中しないと)


 僕は襲ってくる魔族達を片っ端から斬り伏せていく。周囲を確認すると僕達の馬車のほうからも魔族が出現していた


「アーシャ!! 僕達の馬車のほうからも魔族が来てる。そっちのほうを守ってあげて!!」


「分かりました!」


 アーシャは僕の言葉に頷き、向かってきている魔物達の討伐に向かう。僕は残っていた魔族達を再び斬っていく。


「皆、早くここから離れて!! 魔族からは僕が守るから!」


 僕のかけ声に皆が頷き、その場から逃げる。


(よし、後はここから離れるだけだね)


 僕は皆が逃げる列の最後尾で襲ってくる魔族を撃退する。


(くそ、ここは道が一本道で狭いから戦いにくい)


 地形のせいで皆を守りながら戦うのがかなり難しい。なんとか魔族が逃げている皆のほうにいかないようにする。


「グオオオオオオ大オオオオオオ!!」


「!?」


 大きな雄叫びが聞こえる、上からだ。


「なっ!!」


 そこには大きな熊のような魔族がいた。もちろん体から結晶を生やしている。その魔族は上の崖から飛び降りて皆に襲いかかろうとした。


「くっ!!」


 僕は風の魔力を操作して刃を生み出し、魔族に向かって放つ。しかし、その刃は謎の黒い渦のようものに吸い込まれてしまった。


(!! あれは転移の!? くそ!! 奴が近くにいたのか!!)


 歯がみする僕をよそに魔族はもう皆の真上に迫ろうとしていた。


「させるかあああああああああ!!」


 僕は雷の魔力を纏い、身体を強化。風の魔力の操作も行い、猛スピードで熊の魔族に迫る。


「はああああああああああああ!!」


 僕は熊の魔族の顔を思い切り蹴り飛ばして道の下に叩き落とす。魔族は勢いよく崖を転がり落ちていった。

 僕は落ちた魔族がどうなったか確認するために崖の下を覗く。


「まだ生きてるね……!!」


 熊の魔族は崖の下に落としてもまだ生きていた。先程の攻撃もあまり効いていないようだ。僕を完全に敵として認識したようでこちらを見て、唸っている。


(このまま放っておいたらこっちを追ってきそうだね)


 ここで倒すしかない。幸いさっきの攻撃で奴は僕を敵として認識した。なら僕一人が囮になれば皆は奴から逃げられる。


(他の魔族は……よし、もう討伐し終えたか)


 よし、これならさっき考えた作戦が成立する。


「皆、ここから逃げて! あの大きな魔族の相手は僕がするから! まずここから離れるんだ!!」


 僕の声に反応して怯えて動けていなかった皆が一斉に逃げ始める。それを確認した僕は道から飛び降り、崖の下に向かう。


「よっと」


 風の魔力を操作して軽やかに着地。剣を構え、魔族と向き合う。


「お前の相手は僕がしてやるからさ、さっさとかかってきなよ」


 熊の魔族が挑発を理解したかどうかは分からない。だが大きな雄叫びをあげると熊の魔族は僕に向かって突撃してきた。

 僕はそれを横に飛んで回避、同時に剣に雷の魔力を纏わせ相手を斬る。斬られた魔族は苦悶の声をあげるがこちらを睨む。どうやらより怒りをかき立てたようだ。


「悪いけどお前にあまり時間はかけられないんだ。もう終わらせるね!」


 僕は雷の魔力を纏い、加速。風の魔力を操作し、魔族の側まで接近した。相手は僕に気付き、腕を振り下ろしてきたが僕はその腕を逆に斬り落とす。


「グギャアアアアアアアアアアア!!」


 魔族の断末魔の悲鳴とともにぼとりと斬り落とされた腕が地面に落ちる音がした。僕はそのまま雷の魔力を纏わせた刃を振るって熊の魔物に雷の魔力を叩き付けた。


「グ……オオ……」


 雷の魔力を叩き付けられた魔族はそのまま崩れ落ち、絶命する。辺りには肉の焼け焦げた匂いが漂っていた。

 僕はその魔族の最後を確認し、剣を鞘に収める。そのままその場を後にしようとした時、魔力の反応を感じた。


「!?」


 咄嗟に僕はその場から飛び退く。僕が今までいた場所には氷の槍が突き刺さっていた。


「ちっ、やはりこんな程度の攻撃では仕留めることはできんか。本当に忌々しいやつだ」


 僕への敵意を存分に含んだ言葉と共に一人の青年が現れる。その全身から僕への殺意が溢れていた。


「ダリアン……」

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