第14話

「はあ……」


 部屋に戻った瞬間に疲れが押し寄せてくる。


「あの後は皆に挨拶して回ってくたくただ。公爵様はこういうことを嫌な顔一つせずよくこなせるなあ」


 正式に養子になることが決まった僕はあの後大広間にいたライアム家に仕える人達に挨拶して回った。これからお世話になる人達だから挨拶はちゃんとしておかないとね。

 皆僕が養子になることに好意的だった。普段僕がライアム領に出没する魔物を退治したり、領民が困っていたりすると助けていることを知っているからだろう。ほとんどの人間が僕が養子になることを祝福してくれた。

 ただダリアンだけは別だ。彼は僕が挨拶にいくと公爵様の前で大人しく対応していたがその瞳には敵意が宿っていた。意地でも僕がライアム家の養子になることが認められないらしい。


「まあ、さすがに彼一人がなにかしようとしてもどうにもならないだろうけどね」


 彼がどう思おうが僕がライアム家の養子になることはもう公爵様と皆が納得している。ダリアンが学院時代のように僕に嫌がらせをしようとしてもなにも問題はない。


(しかしこの件に王女殿下も絡んでいたのか……今度あった時に絶対問い詰めてやる……!)


 公爵様が説明していた通り、僕の地位を守るための措置なんだろう。ただ本人に対して少しくらい説明してくれてもよかったんじゃないかなとやっぱり思ってしまう。


「まあ、王都に行った時に話は聞かせてもらおう」


 どうせこれからはライアム家の人間として動けるようになるのだ。王都に行って王女殿下と話すこともあるだろう。

 僕が気持ちを切り替えるために本でも読もうとしたら、部屋の扉が叩かれる。なんとなく誰が来たかは予想がついた。


「やっぱり来るよね……」


 僕は扉に近づき開ける。そこにいたのは予想通りの人物だった。


「ラナ」


「アーシャ……」


 僕はやってきた人物の名前を口にする。そこにはライアム家のお嬢様が立っていた。


「とりあえず部屋に入れてもらっていいですか? あなたと話がしたいので」


「……うん」


 僕はアーシャの言葉に従い、彼女を部屋に招きいれる。彼女はベッドに腰掛けると僕のほうをまっすぐ見る。僕は彼女を自分の分の紅茶を入れると彼女に渡して自分もベッドに腰掛けた。


「話っていうのは今日の養子の件についてかな?」


「ええ」


 アーシャは淡々と答える。ただ不機嫌なようには見えない、事実を確認したいだけのように見える。


「その今回の件はラナとお父様が話し合って決めたことなのですか?」


「いや、僕はなにも知らなかったよ。この前公爵様が帰ってきた時、僕だけ部屋に残されたのを覚えてる?」


「はい、覚えています。あの時に聞かされたのですか?」


「うん。公爵様は前々から僕の地位が実力に見合っていないと考えていたみたいでさ。考えを同じくする王女殿下と話し合って今回の件を決めたみたいで」


 王女殿下のことを話した途端、アーシャの機嫌が悪くなる。顔に機嫌の悪さが出ているを隠そうともしていない。


「……あの女も噛んでいたのですか」


「あの女って……リアナ王女殿下はいい人だよ。そんな言い方しちゃ駄目」


「あなたは私の付き人でしょう。どうしてあの腹黒王女の味方をするのです? 今回だってあなたの処遇を相談もせずにお父様と話し合って決めたのですよ。少しは腹を立ててもいいと思います」


「そうだね、確かにアーシャの言うとおり、僕は腹を立てていいのかもしれない」


 むっとして僕のために怒る主様に僕は優しく微笑む。アーシャはそんな僕を見て困ったような表情になった。


「あなたは優しすぎます。もっと自分を大事にして欲しいです」


「心配してくれてありがとう。でも僕は大丈夫、今回の養子の件もきちんと考えた上で了承したから」


「お父様はあなたにさっき皆に伝えたようなことを話されたのですか?」 


「うん、僕の地位をきちんと地位を確立するのが今回のライアム家の養子にすることの目的」


「……」


 僕の話を黙って聞いていたアーシャは僕が説明を終えると大きな溜息をついた。


「まったく……お父様もきちんと言ってくれたらよかったのに。今日あの発表をいきなり聞いたから驚いてしまいました」


「あはは、だろうね、他の皆も驚いていたみたいだし。僕自身驚いたし、最初反対したぐらいだから」


 僕の発言を聞いてアーシャは驚いた顔をする。


「最初は反対したのですか?」


「うん、だって僕のような生まれも分からないような人間がライアム家に養子に入ったら家の皆に迷惑がかかるしね。なにを考えてるんだって周りの人間から絶対言われるでしょう。僕のことを認めてくれてる人間がいるのは知ってるよ、君や公爵様、王女殿下もいるし。でも皆が皆僕のことをそう思っているわけじゃない、今日のダリアンみたいに僕のような人間が名門の家に入ることを嫌がる人間もいるんだ」


 アーシャは黙り込んでしまう。今日のダリアンのことや、学院時代に僕がされたことを思い出しているのだろう。


「君もそこは分かっているでしょ? だから僕は最初拒否したんだ、そういう人達が僕のせいでライアム家に迷惑をかけるようなことをするかもしれないからね。まあ、公爵様がそれは覚悟の上だって言われてしまったけどさ」


「ふふ……お父様らしい回答です。私が同じ立場でもそう言ったと思います。あなたは人への迷惑を気にしすぎなのです。もっと周りを頼ってください」


 そう言ってアーシャは僕の手に自分の手を重ねて握りしめてくる。暖かい熱がそこから伝わってきた。


「意外だった」


「なにがですか?」


「君は今回のこともっと怒るかと思ってた。なにも相談なく今回のことを決めたことに腹を立てていそうだったから」


「そうですね、正直腹は立っていますよ。なんで最初から相談してくれなかったのかとは思います。ただ」


 僕をじっと見つめてくるアーシャ。


「私はあなたが家族になってくれることを選んだのがとても嬉しいです。今までは私が助けられてばかりでしたから。これで私もあなたの助けになれる」


「そんなことはない。助けられているのは僕のほうだよ。ここに拾われた時だって君が取りなしてくれなければ僕は捨てられていたかもしれないんだから」


 この少女が助けて欲しいと訴えなければ僕は拾われた時に死んでいたのだ。彼女に助けられているのは僕のほうだ。


「本当に強情ですね、あなたはその点に関しては」


 少し不満そうに訴えてくるアーシャ。彼女にとって僕の存在が助けになっていることもあるかもしれないけど、僕にとっては彼女から助けられているのは事実だから強情とは思わない。


「そうかな? 事実を言っただけだよ」


「まあいいです。とにかく私が今回の件であまり文句を言わなかったのは怒っていないというより、あなたがライアム家の一員になってくれたのが私も嬉しいからですよ」


「ありがとう。なんというかその言葉だけでほっとする思いだよ。今日の発表の時も皆あっさり納得してくれてちょっとびっくりした」


「それだけあなたが頑張ってきたのを皆認めているのですよ。少しは自分を誇っていいんです。さて私が今言いたいことは言い終わりました、ここからは普通の話をしましょう」


 そう言ってアーシャは僕にもたれかかってくる。彼女の温もりが肩越しに伝わってくる。それが今はとても心地良かった。


(どうやら僕もこの子に大分精神的に支えられているみたい)


 アーシャが僕に精神的に依存しているのを僕も笑えないなと思いながら、僕も彼女に寄りかかった。


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