第3話
僕が訓練場に向かうとすでにアーシャは訓練を始めていた。ライアム家の兵士が何人か肩で息をしているのにアーシャは平然と立っている。
「相変わらずめちゃくちゃだなあ」
僕はその様子を見て思わずため息をつく。
アーシャの剣の腕はアルバイン王国でも有数のものだ。衰えたとはいえ、この国の驚異となっている魔族の討伐もかなりこなしている。普通の兵士が束になっても叶わないだろう。
「ああ! ラナさまが来てくださった!」
兵士の一人が感極まったような声を上げる。
「ラナ様が来てくださったぞ」
「これでアーシャ様を鎮めることができる」
「というかアーシャ様はなぜ今日不機嫌なんだ」
僕を見た兵士達が思い思いにしゃべり始める。
……どうやら僕が約束を覚えていなかったせいで不機嫌の極みらしいね……。それでそのあおりを兵士達が受けてしまったみたい。
仕方ない。元はと言えば僕が彼女との約束を忘れてしまったのが原因だ、ここは僕が収めるしかないだろう。
訓練所にやってきた僕を見つけたアーシャは極上の笑みを浮かべた。普通の男ならこんな王国随一の美少女の笑みを見たら飛びあがるんだろうけど、今の僕には悪魔の微笑みにしか見えない。
「あら、やっと来たんですね。待ちくたびれました」
「派手にやったなあ。もう兵士をいじめるのはやめてあげてね。今から僕が相手をするから」
その言葉にアーシャは笑みを深くする。
「ああそれはよかった。手加減なんてされたら屈辱です。もう練習用の木剣は……持ってますね。勝負はいつもどおり魔力操作なしの剣のみとします、先に倒れるか剣を折られたほうが負けです。それじゃいきますよ!」
その言葉と共にアーシャの姿がかき消える。いやかき消えたように見えるぐらい早く動いただけだ。
(相変わらず早いな、でも)
僕は背後から繰り出された攻撃をしっかり受け止めた。攻撃を止められたアーシャは舌打ちをする。
「まだです!」
そのまま怒濤の連続攻撃。見ていて惚れ惚れするような速度と剣筋だ。前世の経験がなければとっくに倒されていただろう。アーシャの剣の腕は前世でも何人かしかいないレベルのものだ。
(ほんと戦うたびに成長してる。僕も負けてられないな!)
自分の主の剣の成長を老婆心で見守りながら気持ちが昂ってきた僕は反撃を開始する。突き出された相手の剣を弾くと返す刀で相手に木剣を振り下ろす。
しかしそんな攻撃だけではアーシャも怯まない、冷静に受け止め反撃しようとする。
(悪いけど反撃の好きは与えないよ!)
それを阻止するために僕は連続で攻撃を叩き込んでいく。しかしそれをアーシャはすべて受けきっていく。
(! まいったな……前はこれくらいでやれば対応できなくなってたんだけど……)
あれだけ忙しかった中でも剣の腕が衰えていないってどういうことなんだ……。前より強くなってるって。鍛える時間なんてあまりないだろうに。
「す、すげえ、なにが起きてるかまったく見えん」
「あの二人の戦いにはついていけない……」
「二人共、規格外過ぎる」
兵士達は呆れるような表情を見せる。僕はその言葉に聞こえないふりをして戦いに集中する。
「少しは手加減して欲しいな!」
「手加減? あなたこそ全力できなさい! なんでだんだん力を出すような戦い方をするの!」
ああ、これも見抜かれてるのか。まいったなあ。
僕は手に持った木剣を構え直して、宣言する。
「それじゃ、少し全力で相手するよ」
「最初からそうしてください!」
僕の宣言に反応するかのようにアーシャは攻撃をさらに激しくしていく。僕も負けじとその攻撃をすべて捌く。
「ぐ! この!」
「公爵令嬢が発していい言葉じゃありませんよ。はっ!」
アーシャの焦りから出来た一瞬の隙をついて戦いの流れをこちらに持っていく。この戦いでアーシャの体制が初めて崩れた。
「しまっ……」
「隙あり!」
崩れた瞬間を逃さず僕は踏み込んだ勢いのまま剣を振り抜き、アーシャの剣を弾き飛ばした。
「あっ……」
呆然とするアーシャの声。吹き飛ばされた彼女の木剣が地面に突き刺さる。
「ここまでです。アーシャさま」
宣言と同時に僕はアーシャに木刀を突きつける。勝負あった。
「ふう」
僕は木剣を降ろし、アーシャに手を差し伸べる。彼女はこちらの手をとってたちあがった。
「ありがとうございます」
口ではお礼をいいつつ、顔には負けたことの悔しさがにじみ出ていた。握っている手にも力が入って痛い。
「さあ、訓練も終わったことですし、汗を流して休憩にしましょう!」
僕の言葉にアーシャは頷いておとなしく従った。
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