第2話
うーん、またこの夢かあ」
間の抜けた声を発しながら僕ーーラナは目を覚ます。頭痛が少しするので頭を押さえながら起き上がる。
「前世の死ぬ時の記憶を夢に見るなんて気分のいい話じゃない……」
僕はベッドから起き上がり、顔を洗って気持ちを切り替える。ふと鏡に映った自分の姿が目に入った。
綺麗な銀髪に宝石のような青い瞳。誰もが見とれるような容姿と顔、そして下を見れば胸にある豊かで立派なものが目に入る。
「しかも今の姿は女だし……未だに違和感が拭えないんだよね」
そう、なぜか女の姿で今の世に僕は転生しているという奇妙な状況になっていた。どうしてこんなふうになったのかは分からない。5歳の時に記憶を思い出した時はパニックになった。
「でも今回の人生は本当に人との巡り合わせには恵まれてるんだよね」
一人ぼやきながら、自分が今生活している部屋を見渡す。綺麗な家具と寝具がそこにはあった。
今の僕はアルバイン王国のライアム公爵家に拾われ、そこのお嬢様の付き人として生活している。5歳の時にこの家に拾われてからこの家にはお世話になりっぱなしだ。5歳以前のことは……正直覚えていない。まだ物心ついたくらいのことだから当たり前なんだけどね。
転生した後に歴史を調べたけど、この世界は僕達が魔王を倒した後、無事に人間がまとまって魔族を追い払うことに成功したみたい。魔族は勢力はあるものの今は大陸の隅に追いやられている。
初めて自分が死んだ後の歴史を知った時は正直嬉しかった、ただ歴史を調べてもアリス様の名前が一切出てこないのが気になる。今この大陸を統治しているのはアルバイン王国で王家もローゼンタールではない。
いったいアリス様達になにがあったんだろう。
ぐぅ~~。
難しいことを考えていたらお腹がなってしまった。これは早く腹を満たさないと。
「さて朝食を食べにいきますか」
今日の朝食はなんだろうとあれこれ考えながら、僕は部屋を出て行った。
*
僕が食事をとるために屋敷の居間までやってくるともう屋敷の侍女達が働いていた。
「ラナ様、おはようございます」
「おはよー、朝から頑張ってるね、今日の朝食はなに?」
「パンとサラダ、スープです。あと、他の家から送られてきたお菓子もあるそうですよ」
「ほんと!? やったあ!」
お菓子と聞いて僕は喜びの声を上げる。この体になってからお菓子や甘いものを食べるのが趣味ようなものになってしまっていた。自分の主からは体に悪いからほどほどにと注意されているけれど。
「もう食べられますか? すぐにでもご用意できますよ」
「うん、お腹が空いたからお願いしてもいい?」
「かしこまりました」
僕の答えを聞いた侍女はすぐに行動を始めた。この家の侍女達は働きもので皆優秀なのである。
「さてとご飯の後のお菓子は楽しみだなあ」
「あれだけ甘いものは控えたほうがいいと注意したのに」
ご機嫌な僕の声に被せるように不機嫌な冷たい声が響く。慌てて僕が後ろを向くと一人の少女が腕組みをして立っていた。
彼女こそ僕が使えている公爵家のお嬢様、アーシャ・ライアムだ。綺麗な黒髪につり目、瞳の色は赤色、肩で切りそろえられた髪が勝ち気で活発な印象を与えてくる。
街を歩けば誰でも振り返るであろう美少女、それが僕が今世で仕えている主だ。
「ア、アーシャ様、い、いったいいつからいたんですか!?」
「そうですね、あなたがお菓子を食べれると聞いて喜んでいたあたりからかしら」
ということはずっと見ていたということか。意地の悪いお嬢様だ……。
「はあ……あなたのそのお菓子好きは一体どこから来ているのですか。この前もいつのまにか新しいものを手に入れて来てましたし」
「やー、おいしそうなものを見つけたら買いたくなるじゃん。というかこの前のやつはアーシャ様にもあげたらおいしそうに食べてたでしょ! 結構僕が買ってきたものをよく一緒になって食べてるくせに」
僕の指摘を聞いたアーシャ様は顔が真っ赤になる。
「……!? な、なんのことか分かりませんね……」
「あ! とぼける気! まったく自分のことを棚にあげて他の人の悪いところを指摘するのはよくないと思います!」
「そ、そんなことより朝食が来ましたよ! ほら、早く食べますよ!」
強引に話題を切り替え、逃げようとする我が主。妙なところで意地っ張りなんだよなあ、でも僕のことはちゃんと面倒をみてくれる。と、いうか割とかまってもらいたいという気持ちが見え隠れする気がしないでもない。
屋敷の侍女達は僕達の会話を聞いてくすくす笑っている。彼女達にとって僕とアーシャの会話は微笑ましく見えるらしい。
運ばれてきた食事を慌てて食べ始める我が主。どうやらまだ動揺から立ち直ってないあたりさっきの暴露は効いたようだ。
にやけながらその様子を見ているとアーシャから睨みつけられた。さて、からかうのもやめにして僕も朝食をとろう。
運ばれてきた朝食をこちらも食べ始める。パンにバターを塗って食べているとアーシャが話かけてきた。
「ラナ、この後の約束忘れてないですよね」
「約束?」
僕の返答に冷たい目線を向けてくるアーシャ。あ、これは本当にまずい。
「ご、ごめん。なにかあったっけ?」
「……久しぶりに私と手合わせしてくれる約束だったでしょう!!」
「あ」
僕の間の抜けた問いかけに怒気を含んで答えるアーシャ。いかん、完全に拗ねてる。お嬢様は僕が約束を忘れていたりすると酷く拗ねるのだ。
「あー……そうだったね。最近いろいろなこと手伝ってたから抜けてた……本当にごめん」
僕の返答にアーシャはさらに頬を膨らませる。
「あなた、最近私の扱い雑ではないですか? 一応私の付き人としてこの屋敷にいるんでしょう」
「いやー、でもアーシャ様も最近、公務が多くて屋敷にいないしさ。そうなると僕は暇になっちゃうんだよ。ほら、アーシャ様の公務にいっしょに行くには僕は身分が低いからさ、ここで他の人の手伝いでもしてないと僕は穀潰しになっちゃうよ」
私の言葉にアーシャははっとした顔になる。
そう、一応僕はアーシャの付き人だが身分は低い。生まれの分からない孤児で平民だ。だから屋敷や領内では彼女の護衛や世話をするけど、公的な公務に行く時はついていっていない。仮にも次期公爵の身分の女性が平民の護衛を連れて行くことはできないのだ。
最近はアーシャも父親に付き添って公務に出ることも多かったので僕は領内の困っている人を手伝ったりしていたのだ。……そのせいで約束を忘れたのは申し訳ないけど。
「……今日は一日屋敷にいます。だから手合わせにも付き合って。ついでに一緒にいなさい。これは命令です」
アーシャはそう言って席を立ち上がる。皿を見るともう食べ終わっていた。
「もう食べたの……早い」
「あなたも早く食べなさい。私は先に着替えて訓練場で待っています」
そう言って足早に部屋を出て行くアーシャ。出て行く時に侍女になにかを伝えていたようだけど……。
「まあ、僕はゆっくり食べていくかな」
つぶやきながら食事を進めていく。そして食べ終わったため、楽しみにしていたお菓子を出してもらおうと侍女にお願いした。
「駄目でございます」
「え!? なんで!?」
「お嬢様から訓練の後にするように言われていますので」
部屋から出て行く時に話していたのはこのことだったのか!!
にべもなく告げられた言葉に僕は膝をついて嘆くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます