はじまりはお金から
私はこの会社を大学に入ってすぐ、大学構内の掲示板で求人を見つけて知った。
決して聞いたこともない 企業名で、正直怪しいとすら思った。
けれどもその時の私は、毎日日給のチラシ配りをしなくては、教科書代も、サークル費も払えないほどお金に困っていた。
田舎から出てきたばかりの、なけなしの仕送りだけやりくりしないといけない私には、大学入学直後の出費は正直生きていける気がしなかった。
その時見つけた求人に書かれていたのは、地元では見たこともないほどの高い時給。
「憧れていた大学生活を謳歌できるかも」
そんな風に心惹かれて、その場で問い合わせメールを送った。
第一印象は とても物腰の柔らかそうな人。
だけどこの人とは結婚しないだろう という人だった
ぼさぼさの髪の毛。
顔に似合っていないダサいメガネ。
目の下には大きなクマ。
そして 少し黄ばんだヨレヨレのシャツ。
これが合コンであれば、速攻でお見送り案件だったろう。唯一の交換ポイントは、髭だけは跡がのこらないほど綺麗に剃っていたことくらい。
彼……社長は これまでのようにはなかったまだ誰も見たことがないサービスを生み出したいと熱い夢を持っている人だった 。
「自分の会社は起業したてで、正直今冬の極みだ…どうすればまともな会社になるのか全くわからない」
「はあ」
こんな弱みを、普通面談の初対面で話をするだろうか?そのあげく
「君ならどう解決する?」
と、解決法まで求めてきた。
冬の極み……の意味がいまいち理解はできなかったものの
「だって別にそれができないからといって……とても困るわけではないですよね、誰かが死ぬほど」
と私は返した。
その答えに彼は
「そうだね。死ぬほどじゃないかもしれないけど」
と、言葉尻を濁したが、少しだけ笑った
その後は、今どんなことを目指そうとしているのか、どんな人と一緒に働きたいのか、という会社側からの説明を聞かされていたが、 社長の目がその時だけはとても目が輝いていることだけが、面談が終わった後に残った唯一の私の記憶だった。
その後すぐ、教えたLINEに社長から
「いつから入れる?」
とだけ。
時給目当ての私は「すぐにでも」と返信を返し、次の日から勤務をすることに。
しかしそれが、私の大学時代を、青春とは程遠いものにしてしまうなんて、全く夢にも思っていなかった。
普通大学生にここまでの権利を与えるのだろうか。
大学生というのは、せいぜい、ちょっとした書類整理とか、電話番をするとか、その程度の仕事くらいかな……とネットの情報を見てなんとなくが考えていた。
けれども実際に入ってみると、そのサービスの企画から取引先との打ち合わせまで、ありとあらゆる業務をこなすことになっていた。
といっても私がすることは、パソコン一つでできる資料作成くらいなのだが、その量が桁違い。大学のレポートの10倍は作成したのではないか……。
なぜならば、この会社に居るのは社長と、数名のITエンジニアくらいで、事務作業が出来る人間というものが誰一人としていなかったから。
最も驚いたのは、お給料の振り込み忘れがあったこと。
聞いていたはずの日付にお給料が振り込まれていなかった。
「どういうことですか」
と社長を問い詰める私に、
「あれ振り込んだはずなのに、おかしーな」
と 慌てふためきながら 書類を探している社長。
その様子を見て、反射的に
「私がやりましょうか」
と言ってしまった。
それからは、経理や 総務と言った、会社の中枢に係る業務までこなすことになってしまった私。もう少し大学生活を楽しむことができるバイトがあったのではないだろうかと何度も思った。
テニサーなど、 文化祭が盛り上がるような、サークルに入って、彼氏でも作り、旅行をしたり、同棲生活も挑戦するとか……そういった普通の大学生らしいことができたらどんなに良かったのか……と思ったことも、1度や2度ではない。
でも、このバイトのおかげで、お金にはそこそこ困らず、就職活動もそこそこのところなら内定が出たので、それについては感謝している。
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