人事表の違和感 2
ずっと城に拘束されていた、ジュディット・ラコルデールが離宮にやって来たのは、それから二日後の四月二十五日のことだった。
先に報せが来ていたので、サーラは朝からベレニスとジュディットの出迎え準備を整えていた。
なんでも、ジュディットも城からこの離宮に移されることになったという。
ジュディットが来ると聞いて、サーラの心は複雑だった。
婚約式が中止になっても、ウォレスとジュディットの婚約が流れたわけではないだろう。
ラコルデール公爵家にかけられた嫌疑が晴れれば、中止になった婚約式が行われる可能性だってある。
彼女はまだ、ウォレスの結婚相手の最有力候補だ。
ジュディットは侍女を連れてこないというので、ベレニスが彼女の侍女を務めることになるという。
部屋は二階ではなく三階に用意されるそうだ。
馬車を降りたジュディットは、以前見かけたときよりもやつれた印象だった。
艶やかなストロベリーブロンドの髪は無造作に背中に流したままだ。
「殿下、この度は、父と母が大変なご迷惑を……」
玄関ホールで出迎えたウォレスに、ジュディットは泣きそうな顔で深々と頭を下げる。
「気にしなくていい。それより、城では気を張っていただろう。挨拶はいいから、しばらく部屋で休んでいるといい」
監視付きで、いつ尋問されるかわからない中で毎日を過ごすのは精神的に来るものがあっただろう。
ジュディットは頷き、それから思い出したように、荷物の中から一枚の封筒を取り出した。
「これはセザール殿下からです。オクタヴィアン殿下にお渡しするように、と」
「兄上から?」
「ええ。……では、わたくしはお言葉に甘えて失礼いたしますわね」
ジュディットはベレニスに支えられるようにして階段を上がっていく。
封筒をしげしげと見つめていたウォレスは、ジュディットが見えなくなると封を開けて中を確かめた。
「って、人事表じゃないか。また変わったのか? 何か印がつけられているが……」
ウォレスが見せてくれたので、サーラもアルフレッドもセザールがジュディットに持たせて送って来た人事表に目を落とす。
ウォレスの言う通りそれはただの人事表だった。
コメントは何もなく、赤いインクで丸が付けられている名前が半分近くある。
「私が持っている人事表と照らし合わせてみましょう。取ってきます」
「そうだな。ダイニングで待っている、マリアもこっちだ」
「はい。あ、ブノアさん。手伝います!」
お茶を用意しようと動いたブノアのあとを、サーラは追いかける。
ブノアと一緒に人数分のお茶を用意していると、アルフレッドが仕事部屋から人事表を持って戻って来た。
マルセルがウォレスの背後に立って、興味深そうな顔で人事表を覗き込んでいる。
「何かわかりましたか?」
お茶を並べながらブノアが訊ねた。
「人事表は私が持っていたものと同じです。しかし、この赤い印の意味がわかりません。マリア、見てください」
お茶の用意が終わったので、サーラはウォレスの隣に座って人事表を覗き込む。
アルフレッドは自分が持っている新しい人事表と、それから昨年までの古い人事表の二枚を持ってきていた。
それをセザールがジュディットに持たせた人事表と照らし合わせてみる。
「人事表は今年に入って人事が刷新されたものですが、この赤い印がつけられた名前を見るに、今年に入って抜擢された第一王子派閥の人に集中していますね。でも、全員ではありません」
「ええ、全員ではないのです。何故でしょう」
何故かと問われても、サーラにすぐに用意できる答えはない。
ただアルフレッドの言う通り、新しくポストについた第一王子派閥の人間の全員に印がついていないのが引っかかる。
(何か別の理由があるのかしら?)
これ以外に特にコメントがないのは、手紙に検閲が入るのを警戒してのことだろうか。そうなるとこの赤い印はかなり重要な意味を持っているのかもしれない。
セザールの思惑は未だにわからないが、彼が意味もなくこのようなものを送りつけてくるとは思えなかった。
(この印の意味がわかれば、セザール殿下が何を考えて動いているのかもわかるのかしら?)
ジュディットへの尋問を止めたことから、セザールが第一王子派閥の人間と考えを同じにしているとは思えない。
彼は彼で、何かを考えて動いているのだ。
「これ、少し借りてもいいですか?」
「構いませんよ。どうやらここで結論は出そうにありませんからね。殿下もよろしいですか?」
「ああ」
アルフレッドとウォレスの許可を得て、サーラはセザールの手紙を封筒に戻す。
せっかくお茶を入れたし、休憩してから部屋に上がろうとサーラがティーカップに手を伸ばすと、ウォレスが思い出したように口を開いた。
「マリア、ロクサーヌが持って来た『不老不死の秘薬』の入手ルートの表があっただろう?」
「ええ。何かわかったんですか?」
「わかったというか、オーディロンに、リストにあった令嬢たちに薬を配った人物のことで他に覚えていることはないかと確認させたところ、一つ興味深い証言が取れた」
ウォレスがすっとアルフレッドに視線を向ける。
アルフレッドが頷いて、少しずり落ちた眼鏡のブリッジを押し上げた。
「どうやら、複数名いた薬を配った人間たちに共通点があったようです」
「共通点ですか?」
「ええ。彼らは全員、首に青いスカーフを巻いていたそうですよ」
どこかで聞いたような話ですねと、アルフレッドが眼鏡の奥の瞳を光らせた。
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