サーラの決意 2

「ラコルデール公爵にかけられた嫌疑は、危険薬物密輸の嫌疑――つまり、『不老不死の秘薬』を無断で輸入し、貴族令嬢の間に広めたというものです。第一王子派は、国家反逆罪に相当すると唱えています」


 数時間が経って、サヴァール伯爵家にやって来たアルフレッドが言った。

 マルセルは部屋に閉じ込められているウォレスについているという。


「金丹、ですよね。でも――」


 あの薬が流行したのは今から四百年前の話だ。

 その薬が作られたのは海を渡った東の国だが、四百年前にディエリア国に持ち込まれたことを考えると、その国でもすでにその薬の使用や製造が禁止されている可能性がある。

 命すら脅かす毒同然のその薬の危険性にいつまでも気づかないとは思えない。


(もし未だに作られていたとしても、海を渡った東の大陸にある国から輸入するなんて、そう簡単な事じゃないわ)


 誰にも気づかれないように密輸するなんて、普通は不可能に思えるが、嫌疑がかかったということはラコルデール公爵家にはその抜け道があったのだろうか。


「ラコルデール公爵家は、他国と取引があったんですか?」

「ええそうです。国から認可を得、他国と取引をしています。その中に、東の大陸の国がありました。……国内で、東の大陸とやり取りをしている貴族は、ラコルデール公爵家だけです」

「それはつまり、消去法でラコルデール公爵家に嫌疑がかけられたと考えていいんですか? 証拠は」

「ラコルデール公爵領から『不老不死の秘薬』が見つかったと報告がありました」

「でも、その薬は大勢の貴族女性が持っていましたよね。ラコルデール公爵家にあったものも、誰かから買ったもしくは譲り受けたものだとも考えられます」

「もちろんそうです。ですが……、証言する公爵夫妻が、現在行方不明ですから」


 サーラはぎゅっと目をつむった。

 公爵夫妻がこの状況で行方不明ならば、逃亡したと周囲は受け取るだろう。逃亡したのならば、そこにやましい事実があるのだと受け止められる。状況は最悪だ。


(でも、娘を置いて逃げたってこと? 本当にそんなことをするのかしら……)


 わからない。

 サーラの実の両親は温かく優しい人だったし、アドルフとグレースも優しい父と母だ。

 養父になったアルフレッドはよくわからないので除外するとしても、サーラの周りにいた家族はみんなサーラを捨てて逃げるような人ではなかった。

 けれども、それがすべての家庭に適用されるはずもない。

 特に貴族は利己的で自分中心な人間も多い。平然と娘を囮にして逃げる親がいたとしてもおかしくなかった。


「……これからどうなりますか?」


 聞きたくないが、知らないままでいるよりは知っておいた方がいい。

 サーラは十歳の時に貴族社会から離れた。貴族のことには、あまり詳しくない。今後の流れは多少の予測はつけられても明確なことまではわからなかった。


「ラコルデール公爵夫妻が捕縛されない限りは、この件をどう裁くかについては保留にされるでしょう。相手は王妃様の実家です。怪しいという一点のみで、当の本人が不在の中、罪を確定するのは厳しい。ですが、あくまで保留ですので、殿下や王妃様の行動には制限がつくでしょう。場合によっては離宮に移ることになるかもしれません。状況は最悪ですが、考え方を変えれば、公爵夫妻が消えたのはよかったのかもしれません。公爵夫妻が無実だとしても、証言がどこまで通るかは現状ではわかりませんから。保留扱いの方が、何かとこちらも動けます。罪が確定すれば、私たちも身柄が拘束される可能性がありますからね」


 ラコルデール公爵が白か黒かはまだはっきりしない。

 が、少なくともアルフレッドはラコルデール公爵は無実だと思っているようだ。そんな顔をしている。

 年明けから少しずつ人事が動かされていたことと言い、これが謀略でないとは言い切れない。


 むしろ入念に罠が準備されていたと考えたらどうだろう。

 冤罪をでっちあげて、敵対派閥のトップを叩く。

 第一王子派閥は、勝負をつけに来たのだ。ラコルデール公爵令嬢とウォレスの縁談がまとまる前に。


 ラコルデール公爵のことは会ったことがないので知らないけれど、サーラは最後までウォレスの味方でいるつもりだ。


 ――しかし我々はコルシェ子爵を犯人にしたくありません。あなた、こういうことを解決するのは得意でしょう?


 年末に、アルフレッドが言った言葉を思い出す。

 サーラは、ウォレスのためにもラコルデール公爵を罪人にしたくない。

 冤罪であるならそれを晴らすし、そうでないのなら――


(罪をなかったことに、する)


 嫌だなと思う。

 冤罪で裁かれるのも、罪を犯しているのに裁かれないのも、サーラは嫌いだ。

 過去に両親を失ったからこそ、罪は正しく裁いてほしい。

 でも――、その考えを覆してでも、嫌だと思っても、ウォレスが巻き添えを食うのはもっと嫌だった。

 冤罪であろうと、そうでなかろうと、ラコルデール公爵を罪人にしてはならない。


 もし、ラコルデール公爵が本当に罪を犯していて、サーラがそれをもみ消すのに尽力すれば、サーラは一生その罪を背負って生きていくことになるだろう。

 けれど重いカルマを背負うことになっても、サーラはウォレスを守りたい。

 その決断をすることで、過去、冤罪で両親を失った半身サラフィーネ・プランタットが血を流し泣き叫んだとしても、サーラはウォレスを優先する。


 ――心は君に、置いていく。


 それは、ウォレスだけではないのだ。

 サーラの心も、永遠にウォレスの側に、いさせてほしい。




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