動き出す何か 5
そろそろ、婚約式がはじまるころだろうか。
ウォレスの私室で一人留守番をしているサーラは、時計を見てそっと息を吐き出した。
サーラの、十八歳の誕生日。
そして、好きな人が他人のものになる日。
そっと、首元に指先を触れる。
侍女のお仕着せの襟の下に隠れているのは、小さなサファイアのペンダントだ。
こんな日に、ウォレスからもらったペンダントを身に着けるなんて、どうかしている。
(これがウォレス様につけられた首輪なら、まだつながっていられるのかしら)
ウォレスが、心を置いて行くなんて言うから――変に期待してしまう。
どうしてあの人は、いともたやすくサーラの心を縛り上げてしまうのだろう。
「お茶でも入れようかしら……」
ブノアやベレニスが差し入れてくれたお菓子もあるので、それで小腹でも満たそうかと考えた。
頼めば昼食を運んでもらえる時間だが、婚約式の後のパーティー準備で、メイドも城のキッチンも大忙しだろう。侍女の昼食を運ばせるのは忍びない。
お茶の準備をしていると、コンコンと扉が叩かれた。
扉を開けるとシャルが立っている。
もともとこの部屋の警護についていたが、どうしたのだろう。
「少しいいか?」
「うん。あ、お茶飲む?」
シャルとの関係は、変わらない。
結婚しないかと言われたこともあったけれどあの日だけで、シャルは普段通りの「兄」でいてくれる。
「そうだな。ではもらうよ」
シャルにソファをすすめて、サーラは二人分のお茶を用意した。
チョコレートの箱と一緒にテーブルに置いて、サーラはシャルの対面に座る。
チョコレートの箱のリボンをほどいていると、シャルが、小さな箱をテーブルの上に置いた。
「十八歳、おめでとう」
「ありがとう。……開けていい?」
中途半端にリボンをほどいたままチョコレートの箱を置いて、サーラはシャルがくれた箱に手を伸ばす。
水色の箱で、金色のリボンがかかっていた。
丁寧にリボンをほどいて箱を開けると、中から出てきたのは、銀細工のバレッタだった。ユリの花の形をしている。
「可愛い……」
「父さんと母さんも用意しているんだが、あっちは箱がでかくてさすがに持って来られなかった。今度伯爵家に顔を出したときにでも受け取ってやってくれ」
「うん。本当にありがとう」
「貸せ。つけてやる」
シャルにバレッタを手渡すと、彼は立ち上がってサーラの背後に回った。
シャルの指が、髪に触れる感触がする。
「よく似合う」
「本当?」
「ああ。俺が妹に似合わないものを贈るはずがないだろう?」
サーラの頭をそっと撫でてから、シャルがソファに戻った。
シャルと二人なると、つい、他愛ない思い出話に花を咲かせてしまう。
部屋に一人でいると、どうしてもウォレスのことを考えてしまうので、シャルがそばにいてくれるのはありがたかった。
お茶を飲みながら笑いあっていると、突然、ドンドンドンと扉を殴りつけるような音がした。
王子の部屋のノックの音にしては乱暴すぎる。
サーラが立ち上がろうとすると、シャルが手で制して扉へ向かった。
「誰だ」
シャルの誰何に、怒鳴るような声がする。
「私です‼ 開けなさい‼」
サーラとシャルは思わず顔を見合わせた。
サーラがソファから立ち上がり、シャルに変わって扉を開けると、血相を変えてアルフレッドが部屋に飛び込んでくる。
いつも無表情か、何かを企んでいるかのような笑みを浮かべていることが多いアルフレッドには珍しいことだと思っていると、彼が髪をかきむしりながら叫んだ。
「大変です、マリア、急いでサヴァール伯爵家へ向かいなさい! ラコルデール公爵家に厄介な嫌疑がかかりました! 現状でどこまで影響が出るか不明です! 指示があればすぐに逃げられるように荷物をまとめなさい! シャル、あなたもです!」
サーラは大きく目を見開いた。
(どういうこと……?)
ラコルデール公爵家にアルフレッドが焦るほどの嫌疑がかかったというが、そのラコルデール公爵家の令嬢は、今まさにウォレスと婚約式をしている最中ではないのか。
「待ってください……殿下は……」
「ですからまだどこまで影響が出るのかわかりません! ただ、これだけは言えます」
アルフレッドはずり落ちかけた眼鏡を押し上げて、忌々し気に舌打ちした。
「婚約式は、中止です!」
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