動き出す何か 4
「やあオクタヴィアン、おめでとう」
重たい気分のまま父王へ謁見をすませ、婚約式開始時間までまだあるので自室で休んでいようと廊下を歩いていたとき、異母兄セザールに声をかけられた。
セザールの隣には、波打つ銀髪に緑色の瞳をした小柄な女性が立っている。第一王子妃レナエルだ。
レナエルは優雅に一礼したが「おめでとうございます」という挨拶以外は何も言わず、ただ微笑んでいた。兄弟の会話に割り込む気はないようだ。
「ありがとう、兄上」
全然おめでたい気分ではなかったが、もちろんそんな感情を顔に出してはならない。
微笑んで返すと、セザールが笑みを濃くした。
「僕たちは今から大広間に行くつもりだったんだけど、君、どこへ行くつもりなの? そっちは逆方向だろう?」
「はじまるまで部屋で休もうかと……」
「はあ? 式の流れの最終確認とか、多少の変更とか、いろいろ打ち合わせとかもあるはずだろう? 主役が何を呑気なことを言っているんだか。ほら、僕たちと一緒に行こう」
ウォレスは舌打ちしたくなった。
セザールの言うこともわかる。
けれども乗り気でない婚約式のために、入念な準備をする気にはなれなかった。無難に終わればそれでいいのだ。完璧な婚約式にしようとはこれっぽっちも思えないのだから。
けれども、護衛としてついてきているマルセルも、セザールの意見に同意のようだった。
仕方なく、ウォレスはセザールとともに、婚約式の会場となる大広間へ向かうことにした。
大聖堂を使うという案もあったが、城から大聖堂までは距離がある。
その分、婚約式の時間が長引くことになるのでウォレスが城の大広間を推したのだ。
セザールのときは、レナエルが隣国の公爵令嬢だったこともあり、婚約は書面上だけで取り交わされて婚約式はしなかった。
兄がしていないのに弟が大聖堂を使うのは釣り合いが取れないと言えば、以外にもあっさり、そうかもしれないと重鎮たちも納得したのだ。
釣り合いついでに婚約式自体もなしにしてくれれば万々歳だったのだが、さすがにそれは無理だった。王族が婚約する際は、セザールのときのような例外を除いて婚約式をする習わしなのだ。
セザールのときも、レナエルを第一王子と第二王子のどちらの妃にするかギリギリまで決まらなかったから婚約式が省かれただけだ。早くからどちらの婚約者になるか決まっていれば、彼女をこちらに招いて婚約式をしていただろう。
(ついでに第一王子派閥の連中が結婚を急がせたからな)
セザールとレナエルは、婚約がまとまってから結婚までが早かった。
婚約式を挟んでいたら、結婚の準備が間に合わなかったのだ。
つまり、ウォレスが婚約式をしないとごねると、では結婚を急ごうかという話になる。それは嫌だったので諦めただけだ。婚約式をすることで少しでも結婚式の日取りが伸びるのならば、気乗りしなくとも婚約式をした方がいい。
「それにしても、ジュディットとオクタヴィアンが婚約なんてね。聞いたときは僕もびっくりしたよ」
そうかもしれない。
ジュディットが婚約者の有力候補に挙がっていたのは確かだが、ウォレスはジュディットで決まるとは思っていなかった。
何故ならウォレスの母である王妃がラコルデール公爵家出身だからだ。もしウォレスが王になれば二代続けてラコルデール公爵令嬢が王妃となる。
いくら国内で一、二を争う公爵家であっても、さすがに二代続けて王妃を輩出するとなれば周囲も黙っていない。
だから、ラコルデール公爵家よりは家格が劣るが、他の候補者になると思っていた。他にも有力候補はいたのだ。
それを、王妃がごり押ししたのである。
派閥の結束力を強めたいという狙いだろうが、少し無茶をしすぎだ。
おかげで、もうしばらく婚約相手が決まらないと踏んでいたのに、計画が狂ってしまった。
(婚約者が決まる前に、何とかしてサーラを妻にする方法を模索しようと思っていたのに、計画がパアだ)
もちろん、ウォレスはまだ諦めていない。
だからこそ今朝、サーラ本人に「心は君に、置いていく」と宣言した。
サーラには、告白したその日に結婚するときに別れると言ったけれど、あの時だって、本当はそんな気はさらさらなかったのだ。
いったいどこの世界に、別れることを考えて好きな女性に告白する男がいるだろう。
(私は絶対にあきらめない)
どうしようもないことだってある。
だが、本当にどうすることもできないかは、あがいてみないとわからない。
昨日でいったんサーラとの関係はリセットされたが、絶対にこの手に取り戻して見せる。
「じゃあね、オクタヴィアン。僕たちはこっちだから、君は控室できちんと手順の最終確認をするんだよ」
控室の前でセザールと別れると、ウォレスはマルセルとともに部屋の中に入った。
そこにはオーディロンとアルフレッドの姿がある。
「ちゃんと来ましたね。もしものときは縛り上げて連れてきなさいとマルセルに言っておきましたが、そんな無様な結果にならなくてなによりです」
(……こいつ、いつか泣かせてやりたいな)
アルフレッドにイラっとしつつ、ウォレスは控室の中の一人がけのソファに腰を下ろした。
サーラと出会う前は、まさか自分の婚約式の日にこんなに不機嫌になるとは思わなかった。
相手が誰であろうと、そこに恋情がなかろうと、一生大切にしようと思っていたのに。
(いっそ、ジュディットが逃亡してくれればいいのになあ)
そうすれば、婚約者に逃げられた王子という評価が一生ついて回りそうだが、それでもいい。
何かが起こって、今日の婚約式がぶち壊しになればいいのにと、ウォレスは心の底から願った。
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