不老不死の秘薬 1
(…………なんでこんなことに)
祝賀パーティーから一夜明けて、サーラは困惑していた。
昨日の夜、まずジャンヌとベレニスが戻って来た。
ジャンヌの護衛という名目でついてきたシャルは彼女とともに帰宅し、ベレニスからウォレスはまだ遅くなると報告を受けたので先に就寝することにした。
そして今朝。
何故か、ベッドの上に、サーラにのしかかるようにして熟睡している男がいる。
主人の部屋に続いている内扉は中途半端に開かれたままだ。
昨夜のうちに暖炉が消えた室内は冷え込んでいるのに、盛装のまま上掛もかけずに熟睡している王子に、サーラは頭が痛くなってきた。
「殿下?」
声をかけるも、起きる気配がない。
仕方なくサーラはウォレスの下から何とか抜け出すと、冷え切った空気に二の腕をこすりながら暖炉に火を灯した。
(風邪を引いたらどうするのかしら?)
自分よりもずっと大きい男を隣の部屋に運ぶのは不可能なので、ウォレスの体に上掛布団を巻き付けるようにしてかけてやる。
ガウンを羽織って、ぱちぱちと薪が小さな音を立てはじめた暖炉の前に座ったサーラは、早く炎が広がるように暖炉に向かって風を送る。
ウォレスがなぜここにいるのかは、まあ、なんとなく想像できる。
祝賀会で散々酒に付き合わされたウォレスは、意に沿わぬ女性のエスコートもあって疲れたのだろう。
疲れて戻った酔っ払いはサーラが先に寝ていたことに機嫌を悪くして、起こそうとしたのかもしれない。そしてそのまま眠ってしまった。こんなところではなかろうか。
(あの内扉に鍵をつけてもらえないかしら?)
さすがに夜中に入って来られるのは困る。
暖炉に炎が回ったら、サーラは隣の部屋へ向かうと内扉を閉めて、ウォレスのベッドの天蓋をきっちりおろした。
ベッドの中にさもウォレスがいるように偽装すると、メイドを呼ぶ。
ウォレスは深夜に戻ったから入浴もまだだろう。体が冷えているだろうし、バスルームを整えておいた方がいい。
時計を見ると、ベレニスが城に通ってくるまであと一時間はありそうだ。
メイドにお湯の準備を頼んだ後で、サーラは自分の控室に戻ると、備え付けの茶葉の中から二日酔いに効くハーブティーを入れることにした。少々飲みにくい味なので紅茶とブレンドする。ウォレスにどのくらい酒が残っているかはわからないが、飲ませておいた方がいいだろう。彼は今日も仕事だ。
(つくづく思うけど、王子って下町の平民より忙しいんじゃないかしら?)
なんだかんだと公務や書類仕事に追われているし、社交シーズンともなれば付き合いで出席しなければならないパーティーも多い。
さらには未だに下町にも情報収集に向かっているのである。
一年を通してまともに休める日は数えるほどもないのではなかろうか。
お茶を入れるために暖炉の上に仕掛けた水が沸騰しはじめたとき、ベッドの方から「うー」とくぐもった声がした。
「……水」
そう言いながら体を起こしたウォレスは、寝ぼけ眼をこすって、それからきょとんとした。
「サーラ?」
「マリアですよ。ところで、今がどういう状況か理解していますか?」
「どうとは? うん……?」
部屋の中を見渡して、ウォレスが首をひねる。
どうやら、昨夜ここに来たことを覚えていないらしい。
「私の部屋じゃないな」
「そうですね」
「どうして私がマリアの部屋にいる……?」
「わたしに訊かれても」
「……頭痛い」
「二日酔いでしょうね」
まだ半分寝ぼけているようで、ぽやんぽやんした声をしていた。
「ハーブをブレンドした紅茶を淹れていますから飲んでください。ターメリックが入っていて少し飲みにくいでしょうから、砂糖を入れたほうがいいですよ」
「うん……」
素直に頷いたウォレスがベッドから降りてソファに座る。
しきりに目をこすっているので、まだ眠いらしい。
淹れたての紅茶に、ふーふーと息をかけているウォレスは、年齢より幼く見えた。
「今日は何日だ?」
「一月二日ですよ」
「んー」
(完全に目が覚めるまで、もう少しかかりそうね)
昨日は夜遅くまでパーティーだったし、いつもより早くに起きたようなので仕方がないだろう。
「一月二日かぁ……。今日は何の日だったか……」
「今日は騎士団の新年の公開演習でしょう?」
「そういえば……そうだったような。何時だったっけ……」
「昼の一時からですよ」
「そうだったなあ……面倒くさい……」
「マルセルさんが怒りますよ。マルセルさんも参加するんでしょう?」
「たぶん……」
(たぶんって)
ウォレスは紅茶をちびちび飲み終わると、ソファにごろんと横になった。
「新年くらいゆっくりしたい……。私が国王になれた暁には、新年行事は全部やめよう……」
(無茶苦茶言ってるわ)
そのまま、クッションを抱きしめてうとうとしはじめてしまったので、仕方なくサーラはウォレスにブランケットをかけた。
バスルームの準備にはまだかかるだろうし、それまで寝かせておいてあげればいいだろう。
(それにしても、せっかくの盛装がしわくちゃね。……これはアイロンがけが大変だわ)
せめて着替えてくれればよかったのにと思ったが、半分夢の世界に落ちている酔っ払いに説教をしたところで無駄だ。
サーラはくーくーと寝息を立てはじめたウォレスの顔を覗き込む。
「……昨日は、楽しかったですか?」
ラコルデール公爵令嬢とは、ダンスを踊ったりしたのだろうか。
ウォレスの、整髪料で少しパリッとしている髪をそっと撫でる。
他人のものにならないでなんて、口が裂けても言えなかった。
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