セレニテの正体 3

「サーラ、この男を知っているか?」


 シャルがそう言ってちょっと雑な姿絵を見せてきたのは、それから三日後のことだった。


「髪と目はこげ茶色だ」


 安物の紙に黒檀でざっと描かれた絵に、サーラは首をひねる。

 描かれていたのはこれと言って特徴らしい特徴のない、三十前後の男だった。


「知らないけど、この人がどうかした?」

「ポールがお前のことを訊かれたと教えてくれたんだ」

(ポール? ああ、あの人か)


 ポールというのはお酒の日に会ったシャルの同僚だろう。


「若い女性がストーカーにあうなんて事件もあるから、もちろんポールは知らないと答えたそうだが、念のため周囲に気を付けておけと忠告されたんだ」

「そう……、なんだ」

「その男はサーラの何を訊いてきたんだい?」


 アドルフが夕刊を閉じて顔を上げた。

 キッチンで夕食を作っていたグレースも手を止めてダイニングへやって来る。

 ダイニングテーブルの上にシャルが持ち帰った姿絵が置かれた。


「サーラ、お客さんで見たことある?」

「ないと思うけど……、ご近所さんならまだしも、全員を覚えているわけじゃないから」


 特にこれと言って特徴のない人物は、記憶に残っていなくても不思議ではない。


「シャル、この人はサーラの何を訊いたのかわかる?」


 グレースに問われて、シャルは首を横に振った。


「ポールによると、サーラがどこに住んでいるのかと聞いたらしいけど、それ以外は」

「……サーラに惚れたとかかなあ」


 アドルフが、わずかに眉間にしわを寄せて顎を撫でた。


「サーラは可愛いからその可能性だってあるけど、でも変な男に絡まれるのは困るわ。サーラはしばらく店には立たない方がいいかもしれないわね。わたしがしばらく店に出るわ」

「でもお母さん、腰は……」

「もうだいぶ調子がいいのよ。それに、カウンターの後ろに椅子を置いて休める時は休みながら仕事をするから大丈夫よ」

「俺もしばらく仕事が休めるかどうか聞いてみるよ」

「お兄ちゃん、そこまでは……」

「サーラに何かあったら大変だ」


 過保護な兄は、真顔でそう言う。

 アドルフもグレースも同意するように頷くから、サーラは何も言えなかった。

 三人がサーラに対して過保護なのは今に始まったことではなく、だからこそサーラを探している人物がいることは知られたくなかったのだが、シャルの耳に入ってしまったのならどうしようもない。


「この男が何の目的でサーラに近づこうとしているのかがわかるまでは、外出も控えるように。いいね?」

「……わかったわ」


 サーラはそっと息をつく。


 ――事件が起こったのは、それから二日後のことだった。




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