セレニテの正体 2
「……セレニテと、あと数人の男がサーラを探している?」
翌日、八日ぶりにウォレスがポルポルに顔を出した。
リジーはまだ来ていない。
今日はお茶のおともに冬の新作のリンゴのペイストリーを出した。パイ生地の上にカスタードを薄く敷き、その上に薄く切ってバターとシナモンで炒めたリンゴを乗せて焼き上げた甘いペイストリーだ。
手で持って食べるのは難しいのでフォークと一緒に出す。
しかしウォレスは、新作のペイストリーよりも、サーラがぽろっとこぼした昨日のリジーの話が気になるようだった。紅茶を持って戻ったサーラに早く座れと指をさす。
「どういうことだ? 何故、君を探す? 何かしたのか?」
「セレニテと接点を持ったのは、柘榴館の奇跡の一件だけですよ。他の男たちというのもよくわかりません。……リジーが言うにはモテ期らしいですけど、違うと思いますし」
「なんだそのモテ期というのは」
「異性にもてる期間のことらしいですよ」
「そんなものがあるのか?」
「さあ?」
サーラも昨日はじめて聞いたので、世間一般にそんなものが存在しているかどうかなんて知らない。
ウォレスはむぅっと眉を寄せた。
「気になるな。セレニテとその男たちは関係があるのか、それともまったくの無関係で、たまたまサーラのことを訊いたのか……。男にモテる期間が本当にあるのならば、それはいつ終わるんだ」
「知りませんってば」
「モテ期とか言うのが本当なら、まだまだサーラの周りに男が群がるのか?」
「だから、知りませんって」
「もしかして動物が発するフェロモンのようなものか? フェロモンは香水で誤魔化せるのか?」
「何わけのわからないことを言っているんですか……」
なんか、微妙に話が脱線してしまっている気がする。
サーラはあきれたが、ウォレスは真剣な顔をして、やおらサーラに顔を近づけると、くんくんと鼻を動かした。
「いつもと同じ匂いだと思うんだが」
「なんでウォレス様がわたしの匂いを知っているんですか⁉」
モテ期とかフェロモンよりもそっちの方が驚きだ。
「近くにいればわかるだろう? マルセルが持って来たサーラのリボンからも同じ匂いがした」
「リボン返してください今すぐに!」
なんでリボンの匂いを嗅いでいるのだろう。恥ずかしすぎるから直ちに回収したい。
「いやだ。あれはもう私がもらったものだ」
(……あげるんじゃなかった)
サーラががっくりと肩を落としていると、ウォレスがようやくペイストリーにフォークを突き立てた。
「モテ期とか言うのを置いておくとしても、セレニテはサーラに何の用があって探しているんだ?」
「わかりませんよ、そんなの。……わたしの過去に関係があるとも思えませんけど、でも一応警戒しておいた方がいいとも思いますし」
サラフィーネ・プランタットは別に罪人ではない。罪人の娘というだけだ。
プランタット公爵家は取りつぶしになったので、もう公爵令嬢でもない。今はもう、サーラという名のただの平民だ。
誰かに追われる身でもないので、気にしすぎかもしれないけれど、名指しでサーラを探している人間が現れるとやはり気になる。
「そうだな。セレニテは一応、贋金の一件の重要人物でもある。証拠らしいものがないから捕縛は難しいが、関りがある可能性が極めて高いと私は思っている。警戒しておくべきだ」
「ええ……」
「かといって、あからさまにこのあたりを見張らせるのも、ここにサーラがいると教えているようなものだしな」
「そんなことはしなくて大丈夫です」
目立つだろうし、サーラは要人ではない。
ウォレスの権限を使えばサーラの身の回りを警戒させるくらい簡単だろうが、そんな特別扱いはしてはならない。彼が王子だからこそ、余計に、だ。
「両親やシャルには話したのか?」
「言っていません。心配させると思いますし……」
シャルに至っては、心配だから仕事を休んで張り付くとまで言いそうである。
サーラとしては、そんなことはさせたくない。
「サーラ、聞いていいか?」
「なんですか?」
「シャルは、どのくらい強い?」
「どうしたんですか、いきなり」
「いきなりじゃない。何かあったときにサーラを守れる実力があるのかどうかが知りたい。これは重要なことだ」
サーラはちょっと考え込んだ。
どのくらいかと訊かれても、明確な数値で表せるものではない。
(わたしも、はっきりとは知らないし……)
ウォレスの言う強さの基準もわからない。
「ええっと、わたしがまだここに来る前……前の生活をしていたときの話になりますけど、シャルは将来騎士団に入るために鍛錬をしていたんです。お父さん……アドルフは、騎士団に在籍していたので、鍛えられていたのも知っています」
アドルフはもともとは男爵だったが、騎士団での功績を認められて子爵に陞爵した。それなりの功績を上げたのだと思われるので、実力もあったのだと思う。今は爵位が剥奪されて騎士でもなくなってしまっているが。
「アドルフは騎士だったのか!」
「ええ。こっちに来てからも、お兄ちゃんはお父さんとよく鍛錬をしていましたし、市民警察にも実力で入り込んだので、強いとは思います。お父さんが、現役時代の自分より強いと言ったのを聞いたことがあります。……お父さんの実力がわからないので、わたしにはお兄ちゃんの強さがどのくらいかはわからないんですけど」
「……なるほどな。一度マルセルと手合わせでもさせればわかるか」
「そんなこと、わざわざしなくとも……」
「戦力は明確に把握しておかなくてはならない」
「戦力って……」
戦争でもするような言い方はしないでほしい。
サーラはちょっとあきれたが、ウォレスは真剣な顔でテーブルの上のサーラの手に手を重ねた。
「私は、何かあってもすぐに駆け付けられる場所にいない。……立場的に、難しいときもある」
(そんなことはわかっているけど……)
自由にしているように見えて、王子であるウォレスにはいろいろ規制もあるだろう。お忍びにも限度がある。
「私にはマルセル以外にも護衛がいるが、事情を知っている護衛はマルセルだけだ。サーラに何かあったときに使える戦力は少ない」
「わたしは、守ってもらうような身分では……」
「身分の話なんてしていない。私がそうしたいかしたくないかの話だ」
ウォレスの気持ちは嬉しいけれど、彼は何でもかんでも感情を優先していい立場でもない。
「使える戦力は把握しておきたい。それによって、何か起きたときの動き方が変わる」
「お兄ちゃんには、心配かけるようなことは言ってほしくないんですが」
「しばらく様子は見るが、おかしいと思えば言わざるを得ない。君の一番近くにいるのはシャルだ」
「……わかりました」
ウォレスの顔を見れば、何を言ってもだめだとわかった。
しばらく様子見をしてくれるだけでも譲歩してもらったと思うべきだろう。
サーラがそっと息を吐き出したとき、チリンとベルが鳴ってリジーが店に入って来た。
「あ! ウォレス様~」
にこにこ笑いながら飲食スペースまでやって来たリジーのおかげで、少し重かった空気が軽くなったような気がした。
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