精霊の棲む森 1
ウォレスが第二王子オクタヴィアンだと聞いて、まだ情報の整理が追いついていないのか、シャルは馬車の中では無口だった。
サーラやシャルの姿を見られないようにするためか、馬車の窓には帳が引かれているので中は薄暗い。
綺麗に舗装された道を滑るように進んでいく馬車は、しばらくすると、城の正面玄関の前で停まったようだ。
サーラとシャルを残し、ベレニスが一度外に出る。
馬車の外からは大勢の人の気配を感じた。
王子が視察へ向かうのだ、当然と言えば当然だが、外にたくさんの貴族がいると思うと緊張して手のひらに嫌な汗をかく。
「サーラ、大丈夫か?」
馬車の中に二人きりになると、シャルが小声で訊ねてきた。
「うん、大丈夫」
「その割に顔色が悪い」
シャルの指摘に、サーラは苦笑するしかない。
帳を下した薄暗い室内で、よく顔色の変化に気が付くものだ。
「それにしても、さすがに今回のことは驚いた。……いつから知っていたんだ?」
「夏のはじめの頃から……」
「そうか」
シャルがそっと息を吐き出す。
どうして言わなかった、となじられるかと思ったが、シャルもこの秘密が簡単に口外できないものだとわかっているのだろう、文句を言われることはなかった。
頭をかこうとするように腕を伸ばし、やめてそれを下す。シャルは今、騎士服に身を包んでおり、髪も整髪料で固めてあった。乱すわけにはいかないと思いなおしたらしい。
「深入りするなと言いたいところだが……、相手の秘密を知った以上、無理そうだな」
ついでにサーラの秘密もウォレスは知っているが、それを教えるとシャルが青ざめる気がしたので黙っておく。
「お兄ちゃん、お父さんとお母さんには……」
「言わない。……と言うか、言えない。多分知ったら、卒倒する」
「だよね」
「だが……因果なものだな」
「……そう、かもね」
サーラが身分を追われず、サラフィーネ・プランタット公爵令嬢のままであったなら、ヴォワトール国のどちらかの王子に嫁いでいたはずだ。
レナエルが第一王子セザールに嫁いだことを考えると、サーラがそうであった可能性が高いが、第二王子の妃になる可能性が皆無であったわけではない。
貴族でなくなり、名前を変え、サラフィーネ・プランタットとして歩む予定の未来はすべて消えたはずだったのに、サラフィーネとして嫁ぐかもしれなかった相手と近しい関係になるとは思ってもみなかった。
(妙な運命の糸でもつながっていたのかしら……なぁんてね)
運命なんて非現実的なことを考えるなんてらしくない。
サーラが小さく苦笑したとき、馬車にベレニスが戻って来た。
「もうじき出発しますよ」
ベレニスがそう言ったおよそ五分後。馬車がゆっくりと動き出す。
少しずつ城から遠ざかっていく気配に、サーラはほっと息を吐き出した。
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