精霊の祟り 3

「…………サーラ、ティル伯爵領に行くんだって?」

「え?」


 その日の夜。

 仕事から帰って来たシャルが、ものすごい仏頂面でそんなことを言って、サーラは目を丸くした。


「どこで訊いたの?」


 第一それについては断っているが、なんだか嫌な予感がしたサーラが訊ねると、シャルが市民警察のジャケットを脱ぎながら答えた。


「上から、何故か特別任務が降りてきた。ティル伯爵領への護衛とか言う、普通市民警察には降りてこないような仕事だ。……最近思うんだが、市民警察は市営の集団で、本来貴族の命令で動く組織ではないはずなのに、貴族にいいように使われているのはなんでなんだ?」

「あ、はは……」


 それは間違いなくウォレスのせいであろうが、まさかそんなことが言えるはずもない。


「まあともかく、隣の伯爵領までの護衛任務で、何故か俺が指名された。よくわからずに上司に訊くと、とある金持ちからの指名だそうで、俺が選ばれたのはこの件にサーラが関わっているからだと言われたが、間違いないか?」


 サーラはため息をつきたい気分だった。


(ウォレス様ったら、シャルを巻き込むことにしたわけね)


 つまり、シャルにも自分の身分を明かすつもりでいるのだろう。そうした方が今後サーラを動かしやすいと踏んだに違いない。

 シャルのこの様子だと、まだウォレスの正体を聞いてはいないようだが――、知った時の反応が怖い。

 しかし、ここまで手が回されている状況では、もうサーラに拒否権はないだろう。

 仕方なく、肩を落として頷いた。


「話が来たのは本当だけど、まだ返事はしていなかったのよ」

「どういうことだい?」


 アドルフが新聞をたたんで訊ねてくる。

 仕方なく、サーラはウォレスの身分と精霊の祟りという事件については伏せて、当たり障りなく、ウォレスから隣の領地に向かうからついてきてほしいと言われたと答えた。

 すると、キッチンで領地をしていたグレースが顔を出して楽しそうに笑う。


「あらあらあら、進展したの?」


 ウォレスと付き合っていると勘違いしているグレースは、今にも鼻歌を歌い出しそうな様子だ。

 対して、シャルはぶすっとしている。


「二人きりじゃないよ。ちょっと仕事があって、わたしに手伝ってほしいんだって。その間の店番はブノアさんがしてくれるって言っているけど」

「あら、じゃあいいじゃないの! ブノアさん、とっても人気だし」


 グレースがまんざらでもなさそうな顔で微笑むと、アドルフがちょっと口をとがらせる。


「なんだ、母さんはああいう男が好きなのか」

「まあまあ、焼きもちかしら? ふふふ」


 夫婦のじゃれあいをサーラが微笑ましく見ていると、シャルはむすっとした顔のままため息を吐いた。

 断れないことは察したようだ。


「あの男は一体何なんだ」


 その正体はすぐにわかることになるだろうが、もちろんそんなことをこの場で言えないサーラは、曖昧な顔で微笑むしかなかった。





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