二つの贋金 5

「ウォレス様、持ってきましたぁ~」


 二オクターブ高い浮かれた声でリジーが言う。

 パン屋ポルポルの小さな飲食スペースのテーブルの上には、銀貨の詰まった箱が入っていた。

 これは菓子屋パレットが客から受け取った銀貨で、リジーによると一週間分は入っているそうだ。

 盛況な菓子屋だけあって、銀貨が三十枚以上詰まっていた。パン屋ポルポルと比べて銀貨で支払いをする客が多いようである。


(まあ、商品単価も違うからね)


 安いものであれば銅貨一枚で購入できるパンを扱っているポルポルに対して、パレットはどんなに安い菓子でも銅貨五枚はする。ケーキなどになると銅貨十枚からで、いいものになると銅貨五十枚するものもある。ちなみにポルポルは一番高いパンで銅貨六枚だ。


 銀貨の贋金を見つけた翌日、ウォレスがポルポルにやって来て、ちょうどそこにいたリジーに、客から受け取った銀貨をあるだけ見せてほしいと言ったのだ。

 女の子が大金を持ち歩くのは危ないからねと、精悍な顔立ちのマルセルを護衛役としてつけると言われたリジーは、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌ですぐに店にお金を取りに行ったのである。


(リジーは顔立ちの整った男の人が好きだから……)


 つまり、面食いなのである。

 どこまでがミーハー心でどこまでが本気なのかは、数年来の友人であるサーラにもよくわからないところがあるけれど、美丈夫に護衛されると言われて断るような性格ではないのだけは確かだ。

 ついでに、贋金と言われれば、噂好きのリジーが乗らないはずはない。噂のネタ集めには全力を尽くすのがこの友人である。


 リジーがテーブルの上に銀貨を出すと、用意周到なウォレスは、マルセルに馬車から天秤を持って来させた。わざわざ天秤を用意しているなんて、はじめからこれが目的だったとしか思えない。

 天秤をテーブルの上に置くと、マルセルはさっさと外の馬車の御者台に戻っていく。


「では確かめて行こう」


 リジーが持って来た銀貨の中に贋金があるのかどうなのかを調べるようだ。

 天秤の一つの皿に本物の銀貨を置き、反対の皿に一つずつ銀貨をおいて行く。


(見たところ、全部同じに見えるんだけどね……)


 そう思いながら手伝っていると、持った時点で軽いなと思うものが何枚かあった。

 最終的に、リジーの持って来た箱の中に入っていた三十五枚の銀貨のうち、七枚が贋金だった。


「うそ……」


 一枚くらいは紛れているかなとは思っていたようだが、さすがに三十五枚中七枚が贋金だったのを知ってリジーが青くなっている。


(……銀貨七枚は、大きいよね)


 もしこれがポルポルの売り上げに紛れていたとら思うとゾッとする。


「結構あるな……」


 ウォレスは眉根を寄せて、低くうなった。

 一つの店の一週間でやり取りされた銀貨のうち、五分の一が贋金だったのだ。かなりの割合である。


(これはちょっと、厄介でしょうね……)


 ここまで出回っていたら、全部の銀貨を回収するくらいの勢いで調べなければならないだろう。特に見た目では判断がつかないほど精巧なのだ。店で重さをはかることを徹底させる必要もある。

けれどもそのように大々的に動きはじめれば、犯人に贋金に気がついていると知らせているのと同意だ。こちらの動きを見て雲隠れされる可能性が非常に高い。

 お金の問題は国の問題だ。ウォレスの身分がいかほどかは知らないが、国の中枢が動く事件である。以前の金貨の粗悪品とはわけが違う。


「この贋金は別で保管しておいてくれ。そのうちしかるべき人間が回収に向かうことになるだろう。……贋金について補償ができるかどうかはまだわからないが」


 ウォレスは断定を避けたようだが、出回っている偽物の銀貨を、国が本物の銀貨と交換してくれる保証はまずないと思う。


(そんなことをすれば国庫を圧迫するし、何より、何食わぬ顔で贋金を作った犯人が交換を申し出るでしょうから)


 贋金を作った犯人に、その贋金と交換で本物を与えるなんて、そんな馬鹿な話はない。

 何かしらの補償策が講じられるとしても、犯人が捕まった後の話だろう。そして、運よく補償されてもせいぜい一、二割がいいところではなかろうか。


「ここまで出回っているのなら、昨日の男もたまたま知らずに使っただけの可能性もありそうだな」


 昨日、ポルポルで偽の銀貨で支払いをした男は、まだ見つかっていないらしい。まあ、どこにでもいそうな、これと言って特徴のない男だったので仕方がないだろう。

 リジーは泣きそうな顔で七枚の贋金と、二十八枚の本物の銀貨を区別して箱に納めた。

 ウォレスはちょっと申し訳なさそうな顔になって、そっとリジーの手を握る。

 リジーがびくりと肩を揺らして、それから真っ赤になった。


「こんなことになって、すまない」

「そんな、ウォレス様のせいじゃないですから!」


 確かにウォレスのせいではないので、彼が謝罪する必要はない。けれども、ウォレスの行動でリジーがちょっとだけ元気になったようなので、サーラはホッとした。


「できるだけ早く犯人を捕まえられるよう、私も尽力するよ」

(……つまりは、犯人捕縛の指示を出せるか、圧力がかけられる立場ってことね)


 何気ない一言で、ウォレスの身分が予想通りと言うか、予想以上というか、かなり高位であることがなんとなく知れて、サーラは少しだけ気分が重くなった。

 国の上層部が犯人捕縛に乗り出すのは、まあいい。

 ここまで精密な贋金だ。国の威信にかけてもトップが動くだろう。それは当然のことだろうし、別にサーラとしてもそれをすべきでないと思うわけでもない。だが――


「……犯人、を捕縛してくださいね」

「ああ、必ず犯人を捕まえる」


 サーラの言葉と、ウォレスの言葉は、同じようで少しだけ違う。

 けれども、これ以上の余計なことは、サーラに言えるはずもなく、なんとなく苦い思いが胸に広がるのを感じながら、きゅっと唇をかんだ。




 ――犯人が捕縛されたという知らせを受けたのは、それから一週間後のことだった。






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