十七歳の誕生日 3

 ルイスがちらちらと何度も振り返りながら去って行くと、サーラは諦めて店の前にいる男二人に向き直った。


「お客さんが入りにくくなるので、扉から少し離れてくれませんか?」


 ウォレスと、その従者なのか護衛なのかわからないマルセルは、迷惑なことに、店の扉のすぐ横に立っている。

 客入りの少ない時間帯とはいえ、著名な彫刻家ですら生み出せないような美貌の男が立っているような店に近づくには、なかなか勇気がいるだろう。まだ売れ残っているパンがあるので、できれば客入りの邪魔をされたくないと思っていると、例によって、ウォレスが言った。


「残ったパンをすべて買おう。だからちょっと付き合ってくれ」


 嫌だと言ってしまいたいが、そこそこ残っているパンを全部買ってくれると言うのを断るのはパン屋としてどうなのかと思ってしまう。

それに、断ったとしても強引に連れ出されそうな圧を感じるし、権力者である彼に逆らうのは得策ではない。

 詳細は知らないが、サーラの推測ではウォレスは貴族だ。それも、最低でも中級以上。高確率で上級貴族であろうと思っている。


(そうでなければ、騎士団に所属する騎士を簡単に連れ出すことはできないでしょうよ)


 ちらりとマルセルを見る。

 オードラン商会長の事件の聴取で、派遣されてきたと聞いた灰色の髪の騎士は、十中八九マルセルだ。騎士は、厳密にいえば騎士団に所属していなければ「騎士」と名乗れない。

 貴族街から派遣され、堂々と騎士を名乗ったのだから、マルセルは間違いなく騎士団に所属する騎士で、貴族である。爵位がいかほどかはわからないが、騎士にされた時点で準騎士以上の爵位が与えられるからだ。

 逆に、準騎士以上の爵位が与えられていないものに騎士を名乗ることはできない。


 そんな騎士が「主」と呼ぶ相手だ。

 貴族が、騎士団に所属しているものを従者として雇うことがあるけれど、騎士団が認めた相手でなければ雇うことは許されない。相応の金もかかる。下級貴族が騎士を雇うことはまず不可能だ。


 ただの平民のパン屋がそんなことに気がつくとは思っていないだろうし、ウォレスは自身の身分を明かすつもりはなさそうなので、このまま知らないふりをしているのが得策だろうとサーラは思う。

 下手に身分が明らかになれば、サーラには「知らなかった」という逃げ道すらなくなる。

 ウォレスは身分を隠して平民と関わって楽しんでいるようなので、「知らなかった」体であれば多少の無礼にも目をつむりそうだ。余計なことは言わない方がいい。


「わかりました。父と母に事情を話してパンを用意しますので、店の中でお待ちください」


 ウォレスを店の外に立ちっぱなしにさせておくと、明日、近所のおばさまたちに根掘り葉掘り聞かれて非常に面倒だ。ただの客であると見せるためにも、店の中に連れ込んでおきたい。

 アドルフとグレースに事情を話して、残ったすべてのパンを包んでもらう。

 一人では持てないだろう量だが、サーラもカウントすれば三人いるので大丈夫だろう。


 そう思ったのに、包み終わったパンをマルセルが一人ですべて抱え持ってしまったので、サーラはちょっと感心してしまった。


 関わり合いになりたくないが、マルセルが迷惑料と言ってパンの代金に少し上乗せしてくれたので、まあ、今日のところはよしとしておこう。





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