十七歳の誕生日 1

 ――おめでとう。わたくしの可愛い子。

 ――おめでとう、私の愛おしい娘。


 そう言って抱きしめてくれた腕のぬくもりを、もう二度と感じることはできない。

 懐かしい夢に、小さな感傷を胸に目を覚ますのは、毎年この日の恒例になりつつあった。

 昔々の記憶にあるよりずっと固いベッドから降りて、ドレッサーの鏡に映る顔を見る。


 赤茶色の艶のない髪に、大きな青い瞳。

 目元が少し赤くなっているのは、眠っている間に泣いたからかもしれない。


「……せっかくの誕生日なのに、ひどい顔」


 鏡の自分に向かって自嘲しつつ、サーラはドレッサーの宝石箱の蓋を、そっと開ける。

 そこに入っているのは、自分の目と同じ青い輝きを放つ、サファイアのブローチだ。


「誕生日おめでとう――サラフィーネ」


 もう二度と、この名を呼ぶ人は現れないだろう。


 サーラにとっての誕生日は、何年が経っても、胸をかきむしって慟哭を上げたい、そんな日だった。



     ☆



 ――せっかくのお誘いですが、仕事がありますので。


 あれから何日が過ぎたが、サーラという名のパン屋の娘が放った言葉が、いまだに頭から離れない。


「ウォレス様、こちらを……」


 ソファに腰かけてぼんやりしていると、マルセルが何かの報告書を抱えて持って来た。

 例のオードラン商会の商会長の件かと思って受け取れば、ウォレスの想像と違ったことが書かれていて目を見張る。


「定期的に起こるとはいえ……、今回はまたずいぶんと杜撰だな」

「はい。放っておきましょうか」

「うーん……」


 ウォレスは素早く頭の中で計算式を立てる。

 この件を放置するのと対処するので、どちらが自分に都合よく事が運ぶかは、考えずとも明白であるが、それよりも――


 ――せっかくのお誘いですが、仕事がありますので。


(……ふふ)


 ニッとウォレスの口端が上がる。


(関心がなさそうにされると、余計にでもこちらを向かせたくなるのが人間のさがだろう?)


 あの娘は、どうすればウォレスに興味を示すだろうか。

 ウォレスは立ち上がり、報告書を鍵のかかる引き出しに納めると、きりりと顔を取り繕って振り返った。


「どんな些細なことでも、実際に見て見なければわからないこともある。そうだろう?」


 この場の裏にある意味を瞬時に判断したらしいマルセルが、はあっと大きなため息を吐き出したのは、見なかったことにしよう。




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