#自殺防止キャンペーン
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電車
俺の横に立つ女子高生は虚ろな目をしている。俺が駅のホームの端を歩いて移動していた時に、彼女の目が見えた。
察するということに鈍感な俺でも、彼女から漂う負のオーラを感じた。スマホを見るでもなく、ただひたすらに前を見ている。
今は朝。俺と横の女子高生がいるのは電車待ちの最前列だ。
「まもなく1番線に──」
電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえる。
「──危ないので黄色い線の内側に──」
注意喚起のアナウンスが続く。ふと、俺は足元を見た。俺の革靴は黄色い線の15cm以上手前にあるが、女子高生のローファーは黄色い線を踏んでいる。
彼女から漂う負の感覚と立ち位置。まさかと一瞬思うが、考えすぎだろうと思い直し、俺は下を向いたまま無意識に首を横に振った。
電車の走行音が大きくなる。
先頭の電車がホームに入った時、彼女の足がすっと前に出た。直後、彼女の体が前に倒れ──俺の体は咄嗟に動いた。彼女の腕を掴み、思い切り手前に引っ張る。
「きゃあっ!」
彼女の悲鳴が響く。電車が彼女の体に当たることなく通過する。
彼女の体は軽く、俺は楽に引っ張ることができたが、その勢いあまって俺の手が彼女の腕から離れた。
彼女の体がホームに投げられた。
いたっと彼女が声を漏らす。
彼女は倒れたまま地面を見つめ、一瞬固まっていたが、ゆっくりと俺の方を向いた。
彼女の目には涙が溜まっていた。
「······どうして!?」
彼女が甲高い声を発する。
「やっと······やっと死ぬ決心がついたのに!!私は助けてなんか頼んでないのに!」
周りに人が集まってきた。
「余計なことしないでよ!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中でバチッと何かが弾けた気がした。
彼女の手がホームのコンクリートを叩く。嗚咽を漏らす音も聞こえる。
数秒、彼女の嗚咽だけが辺りに響いた後、俺はゆっくりと口を開いた。
「俺は──あんたの為に助けたんじゃない」
考えて出た言葉じゃない。
「俺自身の為に助けたんだ。あんたがここで死ねば電車が止まる。電車が止まれば俺は会社に行けない。つまり、そういうことだ」
俺の声は嫌に冷徹だった。
「さらに言えば、周りの人間も助かる。今は通勤通学の時間だ。あんたも通学だろう?この時間に電車が止まれば何人、何千人が困ると思う?」
誰かが俺の体を乗っ取ったかのように感じる。
「あんたが死ぬ決心をつけたとしても、俺は電車が止まる決心をつけていない。周りの人もな。さらに言えば、運転手だって誰かを轢き殺すトラウマを抱える決心をつけていないはずだ」
いや、違う。これは俺が自分の意思で言っているんだ。もしかすると、彼女に邪魔者扱いされたことに腹を立ててこんなことを言っているのかもしれない。
「あんたは死ぬ決心をつけたと言ったが、それなら1人で勝手に死んでくれ。結局、あんたはまだ迷っているんだろう?本当に死ぬ決心をしたなら包丁で心臓を刺せばどうだ?あんたはまだ他の力に頼っているんだ。自分で命を絶つのではなく、電車に、運転手に命を絶ってもらおうとしている」
彼女に邪魔者扱いされただけでこんな言葉が出てくるなんて俺は短気だ。短気すぎる。
「あんたが自殺しようと思うきっかけは知らないが、もし、人間関係とかいじめが原因なら、あんたにも非があるって自覚した方が良い。他人のことを考えられないやつは嫌われるからな」
もしかしたら、俺はサイコパスなのかもしれない。この考えがスラスラ口をついて出てくるなんて。
俺がさらに言葉を続けようとしたところで駅員が来た。俺がイカれた話をしている間に野次馬の誰かが呼んだのだろう。彼女は駅員に連れられてどこかに行った。連れられる前、彼女は俺の方を直視した。その目に浮かぶ感情は俺には読めなかった。なぜなら、鈍感だから。俺は0か50か100しか見分けられない。最初の虚ろな目は0で、今のは50だ。
彼女の姿が消えると、俺もそそくさとこの場を去った。俺が歩き出すと野次馬はさっと道を開けた。さぞ、近寄りたくない奴なのだろう。俺は10分前に入った改札を出て、近くの壁にもたれかかった。時間が過ぎて、見物人がいなくなった頃にホームに戻るつもりだ。
彼女が俺の話を聞いてどう感じたかは分からない。
いや、分かるはずだ。間違いなくプラスの感情は生んでいないだろう。それに多分、マイナスの面を強くした。自殺を決意するほどのズタボロの精神に、追い打ちをかけるように酷い言葉を投げたのだ。
でも──と、0.01%の考えが出てくる。知らない奴に酷いことを好き勝手に言われたという反動で彼女は強い心を手に入れるのかもしれない、と。
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