第28657話
ブラッディブラザー団は以前は八人組だったが、カテリーヌに懲らしめられた後で三人が脱退したそうだ。うち二人は村を離れ、一人は残って堅気の肉屋をやっていると。
俺がなぜそんな事を知るに至ったのか。俺はやつらのアジトに招待されたのだ、そこは酒も女もない素朴な木こり小屋だったが、食事と寝床だけは提供してもらえた。
翌朝、やつらが準備運動のようなものを始めたので少し様子を見ていたが、みんな武術のぶの字もないような動き方をしていた。一人一人は大層な力持ちなのに、何とももったいない。
「手足の動きがばらばらだ、それでは先手が取れない」
やつらの武器はまちまちだし、俺は斧を使った武術なんか知らないが、足の運びや心構えというのはどんな武器でも一緒じゃないだろうか。
一宿一飯の恩返しにと思い、俺は自分が思った範囲の事を手ほどきしてみた。
†
「ヒャッハー! なんだこれ俺一人でオーババラを狩れたぜぇー!」
「デッパトカゲも怖くねえ、今まで苦戦してたのがウソみてえだ!」
半日教えただけで、ブラッディブラザー団の動きは見違えるように良くなった。元々野生の勘だけで戦ってたんだな……まあ中世の田舎なんてそんなものか。
弱い魔物だけを集団で狩る。強そうな魔物は大急ぎで柵を立てたり餌で誘導したりして村から遠ざける。ブラッディーブラザー団はそうして周りの魔物を駆除する代わりに、村ででかい顔をして来た。
そしてこの、魔物の数というのが結構多い。沼の周りより多いぞ普通に、もしかして人間の血肉の臭いに引き寄せられて来ているのか。
聞けばこのブラッディブラザー団、雨が降ろうが風が吹こうが毎日村の周りを巡回していたそうだ。
「ああ待て、そいつらとは戦うな、ビババ、ビババ、バオー!」
「ええっ、す、すんません兄貴」
とりあえずゴブリンたちとは戦わせないようにしつつ、俺はやつらと一緒に村の周囲をパトロールする。
「フヘヘヘヘ、緑の小人以外の魔物は殺せぇぇ!」
「媚びろ、怯えろ、俺たちがブラッディブラザー団だァァ!」
「まとめて駆除してやるこの汚物共がァ!」
やつらは楽しそうに魔物を駆除して行く……まあ、スライムとか化け物花とか人食いトカゲとかに、説得は通じなさそうだしな。
「今まで倒せなかった奴も倒せるぜ! 兄貴のおかげだァァア!」
「無敵のブラッディブラザー団にひれ伏せクズ共がァァア!」
そろそろ買い物を済ませて村に帰るわと言い出し辛くなった俺は、最後まで巡回に付き合う事になった。
†
「うおおっ!? オーババラの蜜にデッパトカゲの肉がこんなに!? どうしたんだこれ!」
ブラッディブラザー団は倒した魔物から人類の役に立つものを回収し、村に持ち帰っていた。かつての仲間だった例のお肉屋さんが驚く。
「アニキの指導を受けて、俺たちメチャクチャ強くなったんだ! お前も堅気のフリなんかやめてブラッディブラザー団に戻れよ」
「そ、そうなのか……すげえなお前ら。だけど団に戻るのはやめとくよ、肉屋でいたほうがお前らの役にも立ちそうだしな」
モヒカン共は、村の広場の地図の前で演説する。
「いいかお前らァ! 今日一日で、ここから! ここまでの森で! 見つけた魔物を片っ端から退治したァ、だから安心して農業や牧畜に励みやがれェ!」
「これもみーんな俺たちの兄貴、いや、ボボバビ先生のおかげだからなァ!? ヒャーッハハハハハー!」
調子に乗って威張りまくるモヒカン共。本当にこれで良かったのかなあ。
あと、この世界での俺の名前は本格的にボボバビになった。それはやはり奇妙な名前らしく、村人たちは少し困惑している。
まああまり調子に乗り過ぎてもよくないと思った俺は、ブラッディブラザー団に、剣道の精神のようなものも話してみた。謙虚と献身、忠孝とか仁愛とか、聞くだけで眠くなるそういう話だ。
やつらは意外にも、それを熱心に聞いていた。
あとで聞けば、彼らは今までの人生の中でそういう話を聞いた事が一度もなかったそうである。
「ぬおおおーっ!? 俺はなんて恥ずかしい生き方をしていたんだァァー!!」
「親孝行をしたい時に親は居ないだと!? ちくしょう俺のバカバカーァァ!」
自然のままに生きて来た未開の民族の人々に現代の風邪薬を飲ませると、少量でも劇的に効いてしまうという都市伝説があるのだが。
「俺たち、これからどうしたらいいんですか……俺のして来た事なんか魔物も同然だ、汚物は俺の方だァ」
「そっ、そこまで卑下する事はないから! お前たちは立派に村の安全を守って来たから!」
あんなに増長していたのがウソのようにしょぼくれてしまったブラッディブラザー団を放っておく事も出来なくなった俺は、やむを得ずもう一晩やつらのアジトで厄介になる事にした、その時。
「ちょっと……! 待って下さぁぁい! 待って! 待ってぇぇ!」
物陰からカテリーヌが。ボロ泣きしながらよろよろと駆け寄って来て、いきなり俺の目の前に這いつくばる。
「あんまりです先生! どうして……私の方が先に先生の弟子になったのに、どうして先生は私にもして下さらなかった話をそいつらに、そいつらだけにするんですか、そんな大事な、素敵な話をなんで、どうしてぇ……私、わだじ盗み聞きじゃなぐ堂々と聞ぎだがっだ、うえっ、うえええっ、うええ゛え゛」
彼女はあれからずっと、村を訪れた俺を、ブラッディブラザー団に居る俺を遠くから覗き見していたそうである。
†
なんだか知らないがカテリーヌまで加入したみたいになったブラッディブラザー団を連れ、俺は翌日からも村の周りの危険を排除して回った。
「団員の訓練の為、先生は戦わないんですよね! 私も彼らの成長の為、危険な時にしか手を貸さないようにします!」
男共だけで倒せそうな敵は男共に倒させ、手に余る奴が出て来たらカテリーヌが倒す。師範である俺の出番は、カテリーヌでも手に負えない相手が現れた時に限る……もちろん俺がそう決めたわけではないが、団には自然とそういう空気が出来てしまった。
「いつまでも三下じゃねえぞ! 俺たちは強くなったんだァァ!」
そしてそれは実際にはカテリーヌの出番すらなかった。ブラッディブラザー団は少しずつ哨戒範囲を広げ、村の周囲から危害を排除して行く。
「ドドンドンだ! ドドンドンが出たぞ!」
例の恐竜の別個体も出た。聞けば奴らは本当に恐ろしい魔物で、小さな集落を襲って全滅させる事もあるという。その、恐ろしい奴を。
「ドドンドン、討ち取ったりィィ!!」
「ヒャッハー! 俺たちだけでやれたぜー!」
ブラッディブラザー団の男たちは、カテリーヌの手も借りずに5人だけで倒してしまった。
「待てみんな! ここでいい気になっちまったら今までの弱い俺たちと同じだ!」
「そうだ! ボボバビ先生の教えを忘れるな、勝って兜の緒を締めろ!」
男たちはそう言って、実際に兜や鎧の紐を締めなおす。
「私では懲らしめる事しか出来なかったこいつらを、よくぞここまで……やはり先生こそが世界最強の剣士です!!」
カテリーヌはそう言って涙ぐむ。
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