第13話

 それから数日後。薪集めの途中で、俺はまたあのゴブリンと出会った。


「やあ、俺のともだち、ゴブじろう!」


 俺は奴に勝手に名前をつけてそう呼んだ。ゴブじろうは驚いてきょとんとしていたが、小さな声で何か返事をしてくれた。その時の俺は、ただ手を振って別れた。


 そのまた翌日。今度は朝のスライム狩りで出会った。ちなみに俺のスライム狩りは三回に一回はスライムに会えず空振りで、もう一回は沼に逃げられて終わり、残り一回は首尾よく叩き切れるという、三割三分くらいの打率を誇っている。

 そしてこの時は、俺達は同時に一匹のスライムが沼から這い出すのを見つけた。


「ともだち、ゴブじろう、一緒に奴を狩ろうぜ」

「ババ……」


 俺は奴に合図して、スライムの行く手に先回りする。今日は俺がおとりになってやる、頼むぜ友達。


「エィヤー!!」


 俺は木刀を中段に構え、スライムの正面に飛び出して気勢を発する。スライムはぷるぷると震えだしたかと思うと……俺の顔目掛け飛んでくる、だけどそいつは遅過ぎるぜ、俺がほんの少し下がりながら剣先を右に振ると、飛んで来たスライムは俺の木刀の先端に串刺しになってしまった。そこへ。


「アオーッ!」


 ゴブじろうは横から飛び掛かり、気合と共にこん棒をふり降ろす! 俺は瞬間的に木刀を引き抜く、スライムは! ゴブじろうのこん棒に紫色のコアを打ち砕かれ、沈黙した。


「よっしゃァァアー!」「バボー!」


 俺は両手を振り上げがに股で左右に飛ぶ。ゴブじろうも同じように飛び、踊る。

 それから俺達はその辺に座り、砕けたスライムを手掴みにして貪り食う。


―― ずるっ、ずりゅりゅっ、ずちゅ、ちゅうう!

―― ずびずびっ、ずばばっ、じゅじゅじゅうー!


 その食いっぷりはお互い酷いもんだった。俺は奴の長い鼻にスライムのかけらが引っ掛かってるのを見て、指を差して笑う。すると奴も、俺の口ひげにスライムがたくさんついてるのを見て声を上げて笑う。


「あっはっはっは」「アワッ、アワッ、アワワワワ」


 別に一人でだってスライムくらい簡単に倒せる俺だが、二人での勝利というのはまた格別の想いがある。

 俺が異世界転移して来て、たぶん一か月。いやまあこの世界の一か月が何日か、そもそも一か月なんて概念があるのかどうか知らないが。

 この世界で、初めての友達が出来た。


 ゴブじろうは食べきれないスライムの欠片を、大きな葉に包んで持って行った。やっぱり紫色の部分は食べないのが正解らしい。なんか、怖いもんな。

 森の中へ帰るらしい奴に、俺は手を振ってやる。


「じゃあなゴブじろう、ともだち!」

「ボボバビ……ボボバビ!」


 奴は俺を指差してそう言い、俺の真似をして手を振った。


   †


 ゴブじろうとの交流はそれからも続いた。奴は俺を見る度に「ボボバビ」と言った。どうやらそれが奴の中での俺の名前らしい。


 やがて奴は時々、俺の洞窟を訪ねて来てくれるようになった。そしてこの交流は思った以上に実りあるものになった。

 俺は沼地の周りを取り囲む見通しの悪い森に踏み込む事を避けていた。沼が見えなくならない程度の場所で、どんぐりを拾うくらいである。それは深入りしたら迷子になる自信があるからだ。

 しかしゴブじろうは自由に森を歩けるらしい。奴は長くて丈夫な蔦や、蜂の巣から獲れるような蜜蝋を持って来てくれた。それは沼地では手に入らなかった貴重な材料である。

 俺は奴に、何でも持って行っていいと色々な品物を提示してみた。奴は特にかまどで焼いたドングリパンや土器を喜び、持って帰った。


 俺は磨いた骨の針を蔦に縫いつけて作った延縄を使って、魚を捕る事を始めた。沼には魚が居るという事はわかっていたのだ、時々死んで腐ったやつが浮いているからな。

 最初は上手く行かなかったが、改良を重ねた結果、毎日のようにフナやナマズに似た魚が獲れるようになった。焼いてみたら、味も泥鮒や鯰に似ていた。つまるところ泥臭く水っぽいのだが、ミミズとタニシの煮物よりはマシである。


 蜜蝋は溶かして土器の皿に流し込むと、程よいろうそくになった。草の繊維の芯を焦がしながら、じりじりとゆっくり燃える。これにより洞窟の使い勝手が劇的に改善した。

 それで洞窟の奥の水汲み場の壁面も良いように削って、しずくが垂れる所に器を置けるように出来た。これで飲み水集めもうんと楽になる。


 俺はゴブじろうに一度、スマホを見せた。奴は少し驚いたが、特別それが凄いものだとは思わなかったようだ。俺は奴と肩を組んだセルフィーを一枚撮らせてもらった。

 ゴブじろうはやはりスマホに写った自分の姿を見て驚いていたが、それ以上に自分の肩を抱いて面白フェイスをしている俺の姿を見て、声を上げて笑った。俺も笑った。

 スマホのバッテリーは残り75%だった。ゴブじろうに会えるまで、時々つけて家族の写真を見ていたからな……俺はすぐにスマホの電源を落とし、それを洞窟の入り口近くに刻んだ棚の上に戻した。


   †


 月日がまた流れ、正の字が12個になったある日の夕暮れ時。


―― ゲエエ! ゲエエ! ギャッ、ギャッ!


 俺は遠くでハシボソカラスが騒いでいるような音を聞いた。この世界にも鳥は居たが、あんなやつは居なかったように思う。

 洞窟の中で薪を積み上げていた俺は外に出て目を凝らした。すると沼地を、一頭の恐竜のようなやつが走り回っている! 体高は3、4mぐらい、長い尻尾と短い腕を持ちほぼ二足で走り回る赤銅色のやつだ。あんなものまで居るのか、この世界。


―― グエエ! グエエエ!


 でかい口にはワニのような鋭い歯が並んでいる、あんな奴に噛まれたらひとたまりもあるまい、足も速い! あいつ、何を追い掛けてるんだ……? 待て、あれはゴブじろうだ! 俺は木刀を取って駆け出す。


 恐竜野郎は最高時速60kmくらいで走りやがる。しかしあまり小回りが効かないらしい。ゴブじろうはしたたかに走り回り、上手く奴をかわしている。だけどあんな事、いつまでも続けられるものではない。


「うおおおおお! エイヤー!!」


 そちらに駆けつけながら俺は叫ぶ、こっちを向きやがれ恐竜野郎! ……あっ、こっちを見た。ひええこっち来た!


「ギャギエエエエエ!!」


―― ズシンズシンズシンズシン!


 俺は一旦立ち止まり、十分奴を引きつけてから真横へ走る! 急には向きを変えられない恐竜が、俺の後ろを通過して行く。木刀なんかいらねえじゃん、こんな奴相手に何の役に立つんだよ!


「ボボバビ!」


 ゴブじろうがどこかで叫んだが、俺に振り返る余裕はなかった。

 恐竜はスピードを落として旋回し、俺の方に向き直り、また突進して来る。俺は思い切って恐竜に向かって走る! 人間、相手を恐れていると真横に逃げてるつもりでも斜め後ろに逃げてしまう、それだと相手から見て捕まえやすくなるのだ。真っすぐ向かって行って斜め前に逃げる方が捕まりにくい! ……たぶん。


「グエアアアア!」


 またしても俺に逃げられた奴は、怒りの咆哮を上げる。ゴブじろうは……居た、洞窟を目指してよろよろと走っている、あいつどこか怪我でもしたのか? 待て。あれはゴブリンだけどゴブじろうじゃない……


―― ズシンズシンズシンズシン……!


 おおっと、恐竜野郎がまた来る!


「ボボバビー!」


 ゴブじろうもこっちに来た、俺は奴とうなずき合い、恐竜に向かって走り、途中で二手に別れる。


「ギャオアアア!?」


 頭の悪い恐竜野郎はどちらを追っていいか解らなくなり、立ち止まって首を振り回して吼える。ざまあ見やがれ。もういいだろう、洞窟はすぐそこだ。


   †


―― ギャオオ! グエエエ!


 恐竜はまだ洞窟の外をうろついていたが、中には入って来れない。

 洞窟の中には、ゴブじろうの他にもう一人ゴブリンが居た。


「ゴブじろう、お前、それ……」

「ボボバビ……」


 ゴブじろうは決まりが悪そうに頭を掻いてつぶやく。

 もう一人のゴブリンは、どうやらゴブじろうの嫁さんらしい。今は俺を怖がってゴブじろうの後ろに隠れている。おまけに嫁さんはどうも身重のようだ。


「そうか、ゴブじろう、そうか。ハハハ、ゴブじろう、おまえらしばらくここで暮らせよ、ここには部屋はいくつもあるからな」


 小一時間もすると、恐竜もようやく諦めて沼地を去って行った。

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