第2話
翌朝。俺は夜明け前からベルトに石斧を挟み右手に木刀を持って歩き出す。
昨日の日中や夕方には感じなかった息遣いを、今は感じる。明け方は多くの生き物が動き出す時間だ、それは地球でも異世界でもきっと変わるまい。
―― ズル、ズル、ズル……
そして奇妙な音を聞きつけた俺は、背の高い草をかき分け慎重に覗き込む。居るぞ、何か。
それは。緑色の半透明の、ぷるんぷるんとしたゼリーのような楕円形のかたまりだった。地面を這いずり、沼から沼へ横切って行こうとしている。
スライムだよな、これ。名前をつけるならスライムとしかつけようがない、目鼻はないし知能があるようには見えないが、意思を持って動く、化け物……
「おいお前!」
俺は敢えて、物音を立てながら草むらを飛び出してみる。こいつはどんな反応をするのか? 逃げるのか? 意に介さないのか?
緑色の半透明のスライム? の体の中には紫色の核の部分があるようだった。体の直径は一番長い所で50cmといったところか。それで、スライムは、
―― ブゥン!
ヒエッ! 飛び掛かって来やがった! 俺はそれを横に飛び退いてかわす!
―― ガサッ!? ガサガサガサ!
勢い余って生い茂った葦の中に突っ込んだスライムがもがく! 再び飛ぼうにもその丈の長い草がそこらじゅう引っ掛かるし、地面は蹴れないしで身動き出来ないらしい。これはチャンスじゃないか。よーし、その紫色のコアのようなやつを叩き切ったらどうなる?
「面ヤァアアアア!!」
気合一閃、俺は木刀でスライムを真っ二つに切る! まあ、スイカほどの抵抗も感じない柔らかさだったが……紫色の部分も二つに切れた。だけどこれ、分裂したらどうするんだろ。
しかしスライムはそのまま、動かなくなった。
それで俺、どうするんだよこれ? く……食うの? まさかねえ……
俺は慎重にスライムに触れてみる。葦草も何ともないようだし、強酸で出来ているという事もあるまい……臭いを嗅いでみる。無臭だ……いや、かすかに柑橘系の臭いがするような。
よく考えたらこいつ、かなり危険な生き物だったんじゃ? こんなのに顔に貼りつかれたらどうなるのだろう。息が出来ないし、一人では取り外す事も出来ないのでは?
俺は意を決し、奴のボディを一つまみ、口の中に入れてみる! ええい、グレープフルーツ味のエナジーゼリーだと思え、うおおおおお!!
うおっ……!
うおぉ……
グレープフルーツ味の……エナジーゼリーみたいな味だ……食おうと思えば、食える……
「ああああああああ!」
―― ずりゅっ、ずりゅりゅっ、じゅぶっ、じゅばっ、ずりゅりゅりゅりゅ!!
一か八か。俺はどう見てもスライムと思えるその物体を摂食した。紫色の部分はヤバい気がするので食べなかった。
味は悪くない、美味い物ではないが栄養食だと思えば全然食える。
量もたっぷりあるしな。大きな葉の上に乗せて、洞窟まで運ぼうか。
†
俺はかまど作りも始めた。泥を練ってドーム状にして中で火を炊くのだが、最初はなかなか上手く行かなかった。すぐ崩れたりひびが入ったりしてしまう。
薪だけはたくさんあるのが有難い。俺は念の為なるべく遠くから枯れ木を運んで来て、洞窟の中の一番手前の部屋にしまってゆく。
葦原が見つかったのも好都合だ。刈ってきた枯れ葦は洞窟の上の斜面に並べ虫干しをする。
焚き火の炎で焼いた土器は不格好でボロい。慎重に持たないとすぐ割れる。まあこんな皿でもスライムの切り身を置いておく役には立ちそうだ……とはいえやはり早くかまどを完成させたい。欲を言えば、いつか煮物が出来るぐらいの丈夫な土器を焼き上げたい。
順調だな! 俺の異世界転移!
清潔な飲み水は確保したし燃料は豊富にある、なんとか俺一人生き伸びさせるだけのカロリーも確保出来そうだ、落ち葉溜まりからはミミズがたくさん見つかったし、沼のへりにはタニシがいっぱいついてるのも見つけた。どちらもしっかり加熱すれば何とか食えるだろう。
やったぜ! 俺はちゃんとここで生きて行ける……!
はあ。
だけどこの生き様は何だ? 俺はこんな生き方をする為にここに、異世界にやって来たのか……?
むなしい。
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