アイドルの義姉を見返すために女装してデビューしたら戦隊ヒーローになってたんだけど、どゆこと?

たかつじ楓@『後宮の華』発売中!

第1話 夢の国で絶望

「ごめんね」


 その四文字は脳天から足のつま先までを痺れさす激しい雷と同義だった。


 ――と言えば大げさかもしれないが、事態は冗談じゃない。


 家を解体する時に使う、大きな鉄球のついたブルドーザーのような車の、鉄球の部分が頭に落ちてきたかのような衝撃が響いた。

 少なくとも、自分には。


「そっか」


 震える唇でやっと発せたのがその言葉。

 あと一時間もすれば、もっと気のきいたことが言えなかったのかと、自己嫌悪に苦しめそうな、「そっか」。


 そっか、振られたんだな。今。


 目の前の可愛い可愛いごめんねちゃんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。

 手にはポップコーンの箱、そんな自分の頭にはキャラクターの帽子。

 浮かれて遊んでいたのが丸わかりで、さっきまであんなに楽しかった遊園地が今や滑稽な背景と化す。


 ぶち壊しだね、今日という日も、仲の良かった二人の関係も。


 友達以上恋人未満の関係を発展的解消し、手と手を取り合って恋人です、と言える関係になりたくて思わず言ってしまった「好き」は、あっけなく二人の関係を友達ですらないものへと壊すデストロイヤーだと、気がつくには遅すぎた。


 花柄のワンピースを翻し、目の前の女の子は走っていった。

 何度も見とれては淫らな妄想にふけった白い脚に細い腰。白い頬に流れる涙が残像のように瞳に焼き付いた。 


 泣きたいのはこっちなのに。


 花火の上がる音と歓声。


 目の前で始まるエレクトロニカル・パレードの光がぼやけた。

 華々しい音楽が大音量で鳴っているせいで、結構大きな嗚咽を上げても周りの客に迷惑をかけないことだけが救いだった。


 願いを叶えてくれるんじゃないのかよ夢の国。

 夢も希望もない結末は、どんなおとぎ話のエンディングよりよりもブラックで笑えない。


「今日はこのパレードに、スペシャルゲストが来てくださってまーす!」


 楽しげに踊っているキャラクターの声が聞こえる。

 けれど頭の中ではずっと、去っていったあの子との思い出が走馬灯のように駆け巡っていた。

 

 席替えで隣になって、教科書を忘れて机をくっつけて見させてもらったこと、物凄く緊張しながら連絡先を聞いたこと、好きな音楽について話したり、部活の後に一緒に帰ったり、LINEのしすぎで寝不足になったこと。


 高校生の自分を当たり前のように勘違いさせたあの子への恋も、あっけなくジ・エンドだ。

 

 みんなが笑っている中、自分だけが目から鼻から汁を垂れ流して号泣している。

 隣のカップルがさすがに気付いてぎょっとした目で見てきたので、嗚咽を押さえるべくポップコーンを口に詰め込んだ。


 悔しくて悲しくて情けなくて、死んでしまいたかった。



「今日のスペシャルゲストは、美月みつきルリちゃんでーす!」



 キャラクターの声で、顔を上げた。

 口の中にはまだ飲みきれないポップコーンが残っている。


 客からは歓声が上がり、リズムのいい音楽と派手な照明に照らされ、一番大きなパレード・カ―から飛び出してきたのは、フリフリの衣装を着た美少女だった。


 口の中のポップコーンが全部飛び出た。

 

 完璧な営業スマイルを浮かべて手を振る美少女。

 しかし客はそれを営業用だとはちっとも思わないらしく、見れてラッキー、生で見るとマジ可愛いなどと色めきだっている。



 みんなは知らないのだ。


 あの女が悪魔だと言うことを。



 キャラクターの耳をつけて、ポップコーンの箱を首から下げて、頬は涙と鼻水でびしょびしょ。

 

 そんな夢の国にそぐわない自分を、美少女はパレード・カーの上から見つけると、ほんの一瞬、目を細め馬鹿にしたような笑みを浮かべた。



 高校一年生、長谷川裕樹ゆうきの華麗なる人生は、転落の一途を辿ることになる。


 大人気アイドルである、美月ルリが姉になったあの日から。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る