第31話 福岡県民、決意する。




 馬車に揺られて到着したのは、この前のグループデートで連れさられたときに来た屋敷だった。

 こぢんまりとはしているものの、立派なお屋敷で、日本でいうと『二世帯住宅』程度の広さ。


「入って?」


 屋敷の中に入るよう言われたが、そもそも手を繋がれているので、団長が入ったら私も入らざるを得ない。

 そう伝えると、団長が泣きそうな顔になってしまった。

 どうしたもんかなぁ。と悩みつつも仕方なくお屋敷に入ると、老齢の執事さんが恭しく迎え入れてくれた。


「おかえりなさいませ」

「部屋に飲み物を」

「部屋に、でございますか?」

「ああ」


 助けてくれたりしないかなぁ、と執事さんを見つめていたら、顎に手を添えられ、クイッと団長の方を向かされた。


「カリナ、俺を見ろよ」

「っ……」


 強気な団長は、とても好き。

 だけど、眉根を寄せて不快感と不安を綯い交ぜにしたような顔をさせたかったわけではない。


「いつも、ちゃんと見とるよ」


 そう言っても、悲しそうに微笑まれるだけだった。




 質実剛健。そんな部屋。

 飾りはほとんどなく、シンプルだけど重厚な家具類だけ。

 二人並んでソファに座り、無言でお茶を飲むだけ。


「……」


 団長が何かを言おうとしては、グッと歯を食いしばって、結局黙ってしまう。

 私は私で、何をいえばいいのかわからなくて、結局黙ってしまう。


「…………カリナ」

「なん?」


 お茶をちびちび飲み続けて十五分、団長がやっと口を開いた。


「いつか、俺の元を去るつもりだったのか?」

「違うよ」

「では何故あんなことを言うんだ」

「この世界に来た理由が、原因がわからんもん。いつか、同じように消えるかもしれんやん」

「っ!」


 団長がガタリと立ち上がり、私の前に跪いた。

 あまりにも謎すぎて、両足をソファに乗せ、体操座りをしてしまった。


「何も、何も前兆は無いのか? 何か切っ掛けとか……」

「あー。くるま……馬車? みたいなのが暴走してきて、轢かれかけた」


 あぶねっ!って避けた瞬間、この世界にいた。


「そんなの…………」

「わりとよくある状況やろ? 回避のしようがなかやん?」


 団長が片手で目を塞ぐようにしながら、こめかみを押さえた。


「カリナ、本当は帰りたい?」

「知らん!」


 こんな風に聞かれたくない。だから答えない。


「すまない。卑怯だったな」

「……」

「カリナ」

「……なん?」


 体操座りの膝と身体の間に頭を埋めて、団長の顔が見えないようにした。

 その格好のままギュッと抱きしめられた。


「俺がお前を望んだ。俺はお前を絶対に手放さない。カリナ、ずっとこの世界にいろ」

「っ……」

「愛してると言っただろう?」


 ――――言った。いっぱい、言ってもらった。


「一生、愛している。俺と結婚しよう? この世界で俺と生きてくれ。何があっても、側にいる。もし、異世界に帰るときがきたら……絶対について行ってみせる」

「…………ん」


 ――――もう、逃げない。


「する。結婚する。ロイ…………私も愛しとる」

「あぁ、知ってるよ。やっと素直になったな?」


 ロイが、柔らかくて甘い甘いキスをくれた。

 一生、この世界でロイと生きていこう。



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