其ノ陸 妖魔牛鬼
「どいつもこいつも使えぬクズばかり。こんなことなら最初から妾が力を解放すれば良かったでおじゃる」
「テメェ......」
キントが睨む先に居るのは蜘蛛の体をした鬼。
いつぞやツナとミチザが巳砦で戦った
「ん? なんじゃお主? 髪色こそ金じゃが、その相貌は忌々しいトール家のミチザやヨリツに似ておるの? 何者か知らぬが高貴な妾の前じゃぞ。頭を垂れて鰭伏すがよい」
「オレ様はキント・トール! お前のせいで傷ついた人たちの恨みを晴らす者だ!」
キントが名乗り上げると、見下す態度だったオキヨは青筋を立てて表情を変える。
「貴様ぁ! やはりトール家に連なる者か!! 貴様らのせいで妾のバンドー支配の計画が狂ったのじゃ!! 絶対に許さぬ! 楽に死ねると思わぬことじゃ!」
「こっちもシウ姉たちを巻き込んだお前を許さねえよ! -
怒りに燃える両者がぶつかり合う。
周囲を覆う結界は強力な代わりに時間の経過でのみ解けるものであるため、外の者達が助勢するにはまだ暫しの時間が掛かる。
だがキントは自らの力で目の前の妖魔と化したオキヨを滅するつもりだ。
赤い雷を纏って殴り、蹴りと攻撃を仕掛けるが、先程までの
「ほほほ! 痛くも痒くもないわ! ほれほれさっきまでの威勢はどうしたでおじゃる?」
「チッ! くそっ! ぐっ!」
牛姫と比較すれば5m程の大きさまで縮み、質量こそ大型の魔獣程度に減ったものの、素早さやオキヨの意識があるため狡猾な動きをする牛鬼は、正攻法の力比べを得意とするキントにとって戦い辛い相手だ。
口から吐く粘着性のある糸や見るからに危険な色の毒の息、地表を溶かす酸など多数の手札を持っていることも厄介だった。
(考えろ。こういう相手とも戦えるようにツナが、皆が、今まで鍛えてくれたんだ)
千変する牛鬼の攻撃だが、ある特徴に気付く。
一案を思い付いたキントは吐き出されていた大量の糸を右腕に絡ませ腕を振り遠心力で巻き付けて大きな球形にするとそのまま牛鬼の口へと叩き込んだ。
「これでも喰らってろ!」
「ぬがっ!?」
粘着性の糸玉により牛鬼の口を封じたキントはそのまま腹の下へと潜り込むと力強く踏ん張った後に両拳を挙げて思い切り跳び上がった。
「うぉおらああああああ!!」
「ごふぅっ!!」
牛姫と比較すると四分の一程の大きさになっていたとはいえ、それでも5mはあろうかという巨躯を宙に打ち上げる。
そのまま追撃に出ようとしたところで、キントは自身の四肢が糸に縛られて動けなくなっていることに気付いた。
「なっ!? 糸だと? 口は封じたのになんでだ!?」
「ほほほ! 愚かな猿よ。わざと口だけから攻撃してみせれば案の定引っ掛かりおったわ」
着地したオキヨは毒の息で口を塞いでいた糸を溶かすと、馬鹿にした口調でキントを嘲笑う。
悔しがるキントに口からだけでなく実際の蜘蛛と同様に腹の先にある
「クッソ! こんな手に掛かるなんて情けねえ!」
「足掻いても無駄でおじゃる。その糸は雷を通さぬ特別製。トール家の者どもを悉く殺し尽くすための妾の恨みの結晶よ」
キントは身体に雷を纏うが糸を断ち切ることが出来ず、無理に動くほど四肢に糸が食い込んだ。
「さてどうやって殺してやろうかの。この結界が晴れた時、お前の死に様を見たミチザやヨリツの顔を歪ませるのが楽しみでおじゃる。ほほほ、ほほほほほ!!」
「オレ様は死なねえ! お前みたいな化け物に殺されてやるもんか!」
拘束されてなお抗い続けるキント。
負けん気から発した化け物という一言はオキヨに刺さったらしく公家風の雰囲気が一変した。
「このクソガキがぁ!! 誰が好き好んでこんな姿になったと思うか!! 鏡を見ずとも分かるわ! 妾の白魚のような肌も桜のような髪ももう無い! 妾に侍る美男子共も皆死んだ! それもこれも貴様らトール家が妾の計画を潰したせいじゃ!!」
「知ったことかよ! バンドーに不幸を振り撒いた元凶が被害者ぶってんじゃねえ!」
「......ふふっ。そうじゃ決めたぞ。貴様は糸で操ってくれるわ! ミチザやヨリツと死闘を演じさせるのが一番愉快な殺し方じゃ! ほほほほほ!!」
激昂から更に一変するオキヨ。
妖魔となってある程度の時間も経ってきたことで情緒や思考力が段々と狂ってきたようだ。
「そういえば貴様の名はキントか。そうだ思い出した。いつぞや姉上が言っておったな。不貞の嫁が金色をした化け物を産んだと。手の付けられぬ粗暴な獣で、もし自分の子であったなら生まれた時に殺していただろうとな!」
「プラム婆様が!?」
キントは幼いながらに自分が誰からも疎まれていると感じていた。
手を差し伸べてくれたサキやヨリツにすら溢れる感情に任せてキツくあたってきたのだから当然だと思っている。
しかしまさか実の祖母が命を奪おうとさえ考えていたと聞かされると流石に驚いた。
キントの表情を見てニヤリと口元を歪めるオキヨ。
これは彼女の最も得意とする手法の一つで、対象の感情を揺さぶることで陰魔法に掛かりやすくするのだ。
「そうだ。他の家族たちは今もなおお前を疎んでおるぞ。嫡男がこれではトール家の恥だと。この戦場でどさくさに紛れて殺し優秀な跡継ぎを迎え入れた方が良いと考えているのじゃ。-
「そうか......すぅーーー。はぁーーー。こうやってシウ姉ちゃんのことも操りやがったんだな! クソババア!!」
「なっ!? 術が効かない!?」
単純なキントならば簡単に術中に嵌めることが出来ると高を括っていたオキヨは、全く掛かっていない様子のキントに驚愕する。
だが本当はあと少しで掛かる可能性もあった。
そうならなかったのは今の彼は牛姫の体当たりを受け止めた際に割れたラベンダーの精油の原液が身体中に染みついているためだ。
陰魔法に思考を誘導されそうになった時、咄嗟に深呼吸して匂いを吸い込み心を落ち着けたことで回避したのだった。
「ちぃ! またしても妾の思う通りにならぬ! ならば今ここで死ねええ!!」
「くっ!!」
怒りに任せオキヨが鋭く尖った脚でキントの腹部を貫こうとした時、眩い雷が蜘蛛脚の一撃を止める。
それはキントの懐に入っていた紫色の玉から発生したもので、稽古で何度もその雷を感じたことのあるキントには誰の雷かがすぐに分かった。
「シウ姉......?」
『キント......今のアタシの力を貸すぜ。上手く使ってくれよ』
キントの心にしか聞こえていないシウの声に合わせ、ゆっくりと詠唱を始める。
「≪
詠唱が終わると共に眩い閃光が周囲に放たれた。
「な、なんじゃ!? なにごとじゃ!」
咄嗟に二本の脚で顔を覆ったオキヨが目を開けると、そこには輪状の雷を背にした真っ赤な髪色の青年が立っていた。
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