返事と状況

「それは拒絶という意味ですの?」


 パメラは穏やかな顔でそう尋ねた。


 アレクシスにとってそれは少し意外だった。恋愛や愛といったものにあまり興味はなかったが、それでも告白というのがどんな意味なのかはある程度分かっている。拒絶というのがどれだけ重いのかも。


 その拒絶を口にしながらもパメラの表情が平穏なのが不思議だった。


 アレクシスの表情からそのような感情を読み取ったのだろうか。パメラは苦笑いした。


「正直に受け入れられるとは期待していなかったんですわ。貴方の好意を得られると本気で期待していたわけじゃありませんから」


「……断ろうとしたのではありません。ひょっとしたらパメラ様にはお断りとあまり変わらないかもしれませんが」


「どういう意味ですの?」


 アレクシスはしばらく考えた。


 見慣れない感情と衝動をどのように表現すればいいのか、よく見当がつかなかった。しかしパメラが自分の気持ちを表現してくれたことを軽い気持ちで扱うことはできない。彼女が誤解しないように、傷つかないように、できる限りの誠意で臨みたかった。


 このようなことに慣れていない彼としては言葉を選ぶのに少し時間がかかったが、下手に話して望まない結果になるよりはマシだろう。


「率直に申し上げると……パメラ様の心にすぐにはお答えできません。肯定も否定も」


「どういう意味?」


「自分は男女の感情についてはよくわかりません。そんな感情が自分には存在しないとは思いませんが、そんなことに興味を持ったことがありませんでしたので自分の気持ちがどうなのかを自分でも知りません」


「……ってことは」


 パメラは人差し指を頬に当てたまま「うーん」としばらく考えて言った。


「とりあえず嫌いなわけじゃないってことですね?」


「パメラ様?」


「単純に嫌いなものなら答えが明瞭だったでしょうから」


「……それはそうなんですが」


 パメラは花のように笑った。


 アレクシスは少なくとも彼女の気分が大丈夫なのは幸いだと思ったが、逆にあまりにも肯定的な考えを抱いているのではないかと心配した。


「はっきり申し上げます。人間としてはパメラ様に好意を持っています。ですがそれがパメラ様と同じような理性的な意味なのかはわかりません。だから期待しすぎるのは……」


「構いません」


「はい?」


 パメラはアレクシスの手を引っ張ってつかんだ。


 アレクシスはつかまった手を見下ろすだけで動かず、パメラはそんな彼の姿を見てもう一度笑った。


「少なくとも嫌やがるのでなければ機会はあるということでしょう? もし自分でも気づかなかっただけで私と同じ気持ちなら申し分ないし、そうでなくても変わる可能性はいくらでもありますから」


「……間違いではありませんが、皇女殿下にはちょっと似合わないお言葉ですね」


 アレクシスは少し気まずい気持ちで言った。自分自身の心の変化について「間違った言葉ではない」と肯定するのは少し恥ずかしかったが、それを否定したい気はしなかった。


 パメラも今度は苦笑いした。


「まぁ、時間はありますわ。父上も母上も私の婚約を急ぐ立場じゃありませんので」


 だがいつまでも安心して余裕を持つことはできない。その言葉は喉の奥にに飲み込んだまま、パメラは肯定的な展望だけを口にした。


 どうせアレクシスは個人の感情を除いて地位と立場だけを見ても皇女の婚約者になる資格を持っている。最高とは言えないが、彼の養父であるタルマン伯爵は伯爵の中でも立場が強い方である上、現騎士団長だから。彼と競争できる候補など数えるほどしかない。


 そんな考えをしていたパメラはふと眉をひそめた。


「そういえばハゴールさんも私の婚約者候補になるだけの地位ではあるんですわね」


「それはそうです。……もしかして今の状況について侯爵を疑っているのですか?」


「さて、どうでしょうか。侯爵が息子を私の婚約者にしたいのなら、こんなことはむしろ悪材料でしょう。故意ではないとしても、皇女の私が危険にさらされるのを防げなかったのはかなり大きな問題ですから。実際に問題視するつもりはありませんけれど、もし私が決心するならこれを口実に侯爵を政治的に攻撃することもいくらでも可能ですもの」


「……おっしゃった部分については共感します」


 アレクシスは突然低い声で話し、ゆっくりと立ち上がった。


 パメラは突然の行動に戸惑ったが、アレクシスの表情が真剣なのを見て自分も表情を固めた。


 暖かくてくすぐったい時間は終わった――アレクシスの表情がそれを物語っていた。


「どうやら偶然で突発的な事故の可能性は減ったようですね」


「敵ですか?」


「少なくとも穏やかな気配ではありません」


 パメラはあたりを見回した。


 彼女にはまだ何も感じられなかった。しかしアレクシスは何か敵対的な気配を感じたのか険しい目だった。彼の手に魔力が集まっていた。


 今日は公には護衛の立場ではなく、他の人たちに一任することにしたので剣を持参しなかった。だがそれは安全を考慮しなかったからではなかった。剣がなくても問題がないからであるだけ。


「まだ目的ははっきりしていません。ですがこちらを注意深く監視する気配が何人かいます。魔力が微妙に集中しているのもそうですし、密かに監視するというのは一応穏やかな目的ではないでしょう」


「それ、告白も盗み聞きしたってことですの?」


「……可能性はあります」


 アレクシスは一瞬ビクッとした。しかしのんびりと平和な考えをしている場合ではないと判断し、再び表情を引き締めた。


 パメラもつまらない声で集中を乱すところだったことを短く謝罪し、視線を外に向け続けた。


「あえてそんなに露骨な態度を取ったというのは?」


「こちらで気付いたことを隠すことも考慮しましたが、今は相手の目的を突き止めることが優先と判断して挑発を兼ねていました」


 自分たちを平然とえさにするという意味でもあったが、パメラは微笑んだ。


 そもそもパメラはそんなことを憚る性格ではないし、アレクシスも勝手にそんなことをする人ではない。おそらくパメラの性格を考慮した決定だろう――そう思うと状況に似合わず笑みがこぼれた。


―――――


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