新しい情報

 最初からパメラがアレクシスを傍に置こうとしたのがアルラザールのためだった。


 アレクシスの立場から見れば、率直に言って意味不明の記憶のため振り回されるだけの立場だ。乱暴に言えば彼はパメラがアルラザールに関する記憶を解明するための道具にすぎない。


 特にパメラとは知り合いでもなかったし、この関係はパメラの強い希望に勝てず成立しただけだ。アレクシスがパメラに必要以上の情を感じる必要もなく、彼女が彼をどう思っていようと気にする理由もない。


 アレクシスはそう思ったが、いざこうなると不愉快になった。その不快感が具体的に何なのかは彼自身も理解していなかったが。


 しかしパメラは彼の不快感に立ち向かうどころか、彼が不愉快に思っていること自体に気づかなかった。明るい顔で首をかしげるだけだった。


「そうじゃありませんよ? 貴方がどれほど素晴らしい騎士なのか見てきましたわ」


 パメラは椅子で体を彼に向けた。首を回してアレクシスを眺める姿勢から完全にアレクシスを見て話すための姿勢に変えたのだ。


「剣術も魔法も優れていますし、戦術的な部分も得意ですわね。距離を置いているように見えても思いやりがかっこいい御方ですの」


「実力は騎士見習いとして努力しただけで、思いやりだと思われた部分があったらただ護衛として義務を果たしただけです」


「先日見ましたわ。私の護衛をしない時、他の生徒が誤ってコップを割った時、その生徒が破片に当たらないように守ってくれて状況を収拾してくれたでしょう。そういう風のことを結構よく見たんですの」


「それもまた騎士見習いとしての義務にすぎません」


「そうかもしれませんね。けれど、そんな義務を誠実に履行しない人もいるでしょう? 義務を誠実に履行することも人として十分に尊敬されるべきことですわ。だから私は貴方のような人と学園生活を共にするのが光栄だと思いますのよ」


 パメラは恥ずかしそうに笑った。アレクシスがパメラに見るものとしては初めて見る種類の笑顔だった。それがアレクシスには少し意外だった。


「貴方を傍に置くことにしたのがアルラザールの記憶のためだということは否定できません。けれど今は貴方のような素敵な人を傍で見守ることができること自体が嬉しいですの。その点ではアルラザールに感謝していますわ」


「……そうなのですか。殿下がよろしかったら幸いです」


 アレクは無表情で目を閉じて答えた。


 パメラはその姿を見て苦笑いした。やっぱり気に入らないのかしら、とだけ漠然と思いながら。最初から強制的だった関係が気に入ったと言っても、当事者は心に響かないだろうと彼女は思った。それでもこの関係を断ち切る考えはしないのもまた彼女の一面でもある。


 しかし、アレクシスの本音はパメラの考えとは少し違っていた。


「殿下は……」


 アレクは何か言おうとした。


 だがその言葉をまともに持ち出すことができなかった。その瞬間割り込む人がいたから。


「おや、パメラ第一皇女殿下。その間ご無沙汰しておりましたでしょうか。アレクシスさんもお久しぶりです」


「あら、カーライル先生。お久しぶりですわ」


 通りすがりに二人を見つけた男が近づいてきた。


 青空のように青い髪と知的な印象が特徴の青年だった。無個性の眼鏡がインテリのステレオタイプのような印象を与えたが、その程度では隠れないほど容貌が優れ妙な雰囲気があった。


 アルトナイス帝国学園の歴史教師の一人であるエルヴィン・カーライル。また、パメラが入学する前に皇城で彼女の家庭教師を兼任した人だった。いざ学園ではパメラのクラスを担当する歴史教師が他の人なので、未だに会っていなかった。


 知り合いであるだけに、パメラは疑いのない笑みで彼を迎えた。


「挨拶に来てくださったんですの?」


「はい。そして通りすがりに聞き覚えのある名前が聞こえまして。アルラザール・テルヴァのことをおっしゃっていましたよね?」


 その瞬間、アレクシスはそっと目を鋭くした。


 二人はパメラの防音魔法の下で話をしていた。つまり、ただでは聞こえない。それでもカーライルは話を聞いて近づいてきたのだ。


 魔法能力が高い人なら防音魔法を無視することはできる。だが歴史教師のカーライルがそのような魔法能力を見せたことは一度もなかった。学園の三年生であるアレクシスは当然カーライル先生とも旧知だが、彼の対内外のイメージは魔法能力の低い教師だったから。


 しかし、パメラの笑顔は見た目は純粋に知り合いに会って喜ぶとしか見えなかった。


「もしかしてアルラザールについて知っていますの?」


「ほんの少しです。断片的な情報に過ぎませんが……」


「じゃあ、もしかしてティステという御方についても?」


 その時カーライルが明らかに当惑した。彼は周りを見回して人が通っているかどうかを確認し、声を低くしてささやいた。


「……申し上げられることはありますが、少しご注意を。その名前は下手に口に出せばいけない名前ですので」


「あら、そうだったんですわね。ごめんなさい」


 カーライルは咳払いをしてから再び言った。


「どんなことが気になるのですか? まず前者と後者の中から先にお聞きになるものをお選びください」


「後者から聞きます。そして防音魔法を強く展開しておきますので、漏れる心配はありませんよ」


 パメラは指パッチンをした。隠されていた防音魔法陣が明るく輝き、さらに強い魔力を発散した。


 カーライルはパメラの魔法を信じるのか、それとも単に周りに他の人がいなくて安心したのか、安堵のため息をついて再び話した。


「私も知っていることが多くはありません。その名前は殿下が生まれる前に記録抹殺になったからです」


「記録抹殺? どうしてですの?」


「テリベル公爵の反乱についてはご存知でしょうか?」


「概要くらいは」


 かつて王家に匹敵する権力と力を持っていたテリベル公爵家。だが当代の公爵が反乱を起こし、残酷な内戦の末に討伐され公爵家自体が滅びた。パメラが知っているのはその程度だった。


 カーライルは再び声を少し下げた。


「ティステ・ハリス・テリベル。テリベル公爵の唯一の娘でした」


―――――


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