妥結
「聞いたな? 俺にはどうにもできない部分だぞ。諦めろ」
アレクシスはそう言ったが、ロナンはどうしても諦められない様子だった。
「あの、皇女殿下。本当に再考の余地はないっすか? オレもちゃんとできます!」
「逆に聞いてみましょう。どうして私の護衛になりたいんですの?」
「それは……」
ロナンはグズグズして答えられなかった。その様子を見ていたアレクシスが横から割り込んだ。
「こいつさっき認められたと言いましたが、実はそれが条件付きだったのです」
「そ、そうっす。騎士になりてぇなら確かに能力を証明しろってことっす。だから成績も努力し、護衛実習でも重要な御方とパートナーを結ぶのが必要っすよ」
「でもそれなら別に私じゃなくてもよろしいでしょう? 名望のある家柄の令嬢程度なら十分でしょうけれど。必ず皇女をパートナーにしきゃならないという条件もありましたの?」
「そりゃあねぇっすけど……」
ロナンはまたグズグズしてアレクシスを見た。しかし今回は彼も目を閉じるだけだった。
その姿を見ていたパメラの表情が少し冷たくなった。
「先ほどの言葉も嘘じゃないようでしたけれど……ふむ。急に想像力が湧いてきますわね。例えば、貴方の目的がデリメス商会の成長に役立つ人脈を作っておくことだとか?」
「!」
ロナンの当惑した顔はとても分かりやすかった。横で見ていたアレクシスがため息をつくほど。
一方、パメラはいつ冷たい顔をしたのかというように笑った。
「フフ、やっぱり。まぁ、心配しないでくださいね。私は貴方くらいの立場にいながらそれほどの狡猾さと本音もないのんきさが嫌いますから」
「あ、ありがとうございます」
「ですが、そういうわけならやっぱり私である必要はありません。もちろん皇女の私が一位だということはわかりますけれど、他の人でもいいじゃないですの?」
「そりゃあそうっすけど……実はそんな方はよくわかんねぇっす」
「確かに皇女というのは分かりやすい指標ではありますわ」
パメラはちょうど目についた人を呼んだ。その人は首をかしげながらパメラの呼びかけに従って近づいた。
レイナだった。
「もう男子生徒たちに人気満点ですわね」
「そんなことないですわよ」
レイナはロナンを見て目を丸くした。ロナンの方は彼女を……というより彼女の反応を見て首をかしげたが、しばらく考えた後に何か気づいたような顔になった。
「知り合いですの?」
パメラが驚いて尋ねると、レイナはうーんとうめき声を上げた。
「知り合いというほどじゃありません。ただ顔は一、二回見たくらいですの。デリメス商会は重要な取引相手ですので父上と一緒にそちらの方々を何度か見たんですわ」
「そうっす。オレも顔は覚えてます」
「顔だけでも知り合いなんて話が早いですわ」
パメラは手をたたいて笑った。
「レイナさん。ロナンさんの護衛実習のパートナーになりませんか?」
「護衛実習? それは何ですの?」
パメラはアレクシスから聞いたことを要約して話した。
「――そして護衛実習はパートナーの成績にも影響がありますわ。一緒に遂行する特殊課題がありますので。この課題で良い成績を出せばいろいろメリットがありますの」
「うむ?」
その時、アレクシスは眉をひそめた。しかしパメラはそれに気づかず、レイナだけに集中した。
「理解しました。デリメス子爵家とのコネ窓口が増えるのはアイナリド侯爵家にとってもいいことですし、ロナンさんがよければ私はいいですわ」
「うむ……オレもいいっす。ちょうど父上もアイナリド侯爵家との取引を増やしてぇって言ってましたし」
「じゃあ決まりですわね!」
パメラは明るく笑った。
ロナンの表情は少し微妙だったが、彼にとっても悪くない結果だろう。実際、ロナンも大きな不満はなさそうだった。
その時、レイナが何か気になるような顔で口を開いた。
「ところで皆さんは大丈夫ですの?」
「問題ありません。レイナさんが良いパートナーに出会って成績に役に立つなら私にも……」
「それのことじゃなくて。私は事情があって今日遅れるとあらかじめ学園側に知らせたのですが、今完全に遅刻ですわよ?」
「……あ」
パメラはピタッと固まった。
そういえば時間がギリギリだった。本来なら問題はなかっただろうが、突然ロナンが割り込んで足が止まってしまったせいでちょっと時間が過ぎた。みっともない走りをしても間に合うかどうか分からないほどだった。
パメラは騎士見習いたちを見た。
「貴方たちはどうですの?」
「自分たちは大丈夫です。騎士科は時間外活動が多いので、多少の遅刻くらいは黙認してくれますから」
「も、ももも申し訳ありません! オレのせいで! こ、これをどう弁償……」
「いいえ、大丈夫ですわ。遅刻しませんから」
「はい?」
パメラは時間を確認して微笑んだ。一応今すぐは遅刻ではなかった。今の時間では。
「それじゃあ、また」
――空間魔法〈転移〉
パメラが指パッチンをすると、複雑な魔法陣が彼女とレイナを包んだ。そしてレイナが何と反応する前に二人の姿が消えた。空間を越えて教室に移動したのだ。
アレクシスは首を横に振りながらため息をつき、ロナンは口を大きく開いた。
「い、今のはまさか……」
「……あの殿下と一緒に通うと学園の生活が平穏ではなさそうだな」
だがすぐにアレクシスは何かを考え込んだ。ショックに陥っていたロナンもすぐそれを認識し、首をかしげた。
「どうしたのかよ?」
「ちょっと気になることがあってな」
「やっぱ十一の姫様が自力であんなあっさりと〈転移〉ってよくあることじゃねぇな」
アレクシスが気にするのはその部分ではなかったが、説明するのが面倒であえて訂正はしなかった。
「なぁ、それよりオレらもそろそろ行こうよ。黙認されるのは事実だけど、あんま多すぎるってそろそろ危ねぇって」
「俺がお前かよ? ともすれば遅刻して先生たちにも注視されるお前とは違うぞ」
「うわぁ、優等生はこうっからムカつくんだよ」
「学年次席のセリフかよそれ」
アレクシスは一応教室に行くことにした。
パメラとは今後も交流が多くならざるを得ない立場。彼女に気になる点など、掘り下げる機会はいくらでもあるから。
―――――
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