再確認

「殿下? 急にどうされましたか?」


 パメラはしばらく黙ってアレクシスの腕をつかんでいた。しかしアレクシスは彼女の返事を促すことも、腕を振り払うこともしなかった。


 ……震えている手を無視するほどの性格ではなかったから。


「記憶がどうだとかとんでもないことばかり言って、急に傍にいてほしいって強引に言い張って。貴方には大変迷惑だったでしょう」


 パメラはアレクシスの顔を見上げた。そして彼の無表情な顔を見てフッと笑った。


「今、それを知ったら最初からやらなきゃ良かったって思いましたわね?」


「……」


「……こんな時はお世辞でもそこまでは考えてなかったって言うべきじゃありませんか?」


「申し訳ありません。嘘は下手なのです」


「むぅ」


 パメラは不満そうに頬を膨らませたが、すぐに苦笑いした。


「私も知っていますの。急に私のものじゃない記憶が浮かんだって大騒ぎするのがおかしいということくらいは。貴方には頭がおかしい女が面倒をかけるようなものだったんでしょう」


「……そこまでは考えていませんでした」


「プフッ。本当に下手なんですわね」


 パメラの手がアレクシスの頬を撫でた。彼の顔にはまだ表情が欠けていたが、パメラは何かを感じたかのように優しく笑った。


「それでも私が急に調子が悪くなった時、心配してくれる気持ちだけは本気のように感じましたわ。ありがとうございます」


「そんなことは初めて聞きます」


「あら。お礼ぐらいはありふれたものじゃありませんか?」


「自分の心についての話のことです」


「ああ。表情のせいかもしれませんわね」


 アレクシスの頬を撫でていた手が少し変わった。まるで彼の顔を触りながら何かを探すような動きだった。


「どうしてでしょうか? 貴方の気持ちがよく分かるような気がしますの。でも他の人にこんな感じになったことはありませんでしたから、多分私の勘違いでしょう」


「……」


「フフ、否定してくれなくて、そして貴方を無理やり引き入れた私のことを心配してくれてありがとう。そしてもう一度ごめんなさい」


「押し付けたら最後までずうずうしくされれば宜しいです。その方が自分にもむしろ心が楽です」


「フフ。素直っていいですわね。みんな私を相手にする時はひどく慎む感じなんですの」


 アレクシスは少し眉をひそめた。十一の少女が言うことではなかったから。彼女の早熟さが彼女の言った通りの周りの人たちのせいなのか、あるいは突然思い出したという記憶と関係があるのかは分からなかった。


「それでも申し訳ないのは本当ですわ。だから貴方がもし学園で私と護衛関係を結ぶことを拒否したいのなら……それでもいいですの」


 アレクシスの顔にまた渋みが浮かんだ。それを見たパメラの顔が曇った。


 アレクシスは頬を撫でる手をそっと握った。そしてそれを自分の口元に持って行き、彼女の手の甲にそっとキスした。


 驚いて丸くなった赤眼を見つめながら、アレクシスため息をついた。


「正直言いたいことは山のようにあります。ですが、すでにやると約束した以上は覆しはしません。どんな形になっても」


「それは騎士としての判断ですの? それとも貴方自身の信念ですの?」


「どちらに考えても構いません」


「……フフッ」


 どちらかはわからなかったが、それはどうでもよかった。どちらにしてもアレクシスが何を与え、パメラが何を受け取ったかは同じだから。


 アレクシスの落ち着いた無表情がむしろ安心させるものだと思い、パメラは穏やかに笑った。




 ***




「姫様、頑張ってください!」


「ただの入学式だもの。頑張ることはないわ、エラ」


 また時間が少し経ち、アルトナイス帝国学園の入学式の日がやってきた。パメラは講堂に入る前に同年代メイドのエラの見送りを受けていた。


 パメラはエラの姿を見て苦笑いしたが、エラはむしろ目を輝かせた。


「何をおっしゃってるんですか! 首席入学じゃないですか! それにスピーチまでなさるんでしょう? 十分頑張ることなんですよ!」


「簡単に一言言うだけよ。もう、貴方大げさに言ったら恥ずかしいから帰って」


 パメラは「行け」という印で手を振った。しかし、エラの勢いは全く衰えていない。


「制服も本当によく似合います! きれいです! 姫様が最高です!」


「あんた本当に帰りなさい! はぁ、まったく」


 真っ白なブレザーに赤いシャツとフレアスカート。平凡だが、良い生地と体によく合うフィットがかなりきれいで、パメラの赤髪赤眼ともよく似合っていた。パメラ自身も自覚していたが、堂々と褒められるのはとても恥ずかしかった。


 後ろで待機していた大人のメイドが苦笑いしながらエラを連れて行った。


「それでは私たちは控えの間で待っています。ご武運を、姫様」


「貴方までそう言うの? さっきまでは大丈夫だったのに、そんな話を何度も聞くからむしろ緊張するじゃない。いいから待っていて」


 パメラはメイドたちを追い出してから講堂に入った。


 まだ入学式が始まるまでは少し時間が残っているが、中にはすでに人が多かった。互いに知り合いのようにすでに親しくふるまう人もいれば、初めて会った人とぎこちなく挨拶する人もいた。服装はみんな同じ制服だったが、見慣れた顔は多分宴会でパメラが見たことのある貴族の子どもだろう。


 だがパメラが講堂に入った瞬間、周辺の耳目が彼女に集まった。


「パメラ第一皇女殿下だよ! 今年入学されると聞いたけど事実だったんだ」


「本当にきれい……。私も姫様のように素敵な女性になりたい」


「どんな御方かな? 優しい御方だという噂は聞いたんだけど」


 あまり目立ちたくなかったのに、と思いながらもパメラは苦笑いした。皇族の血統だけが持つ赤髪赤眼が注目されないわけがないし、何よりも色そのものが目立つという自覚はあったから。


 特に決まった席はないが、彼女は皇族で首席入学者として入学式で簡単なスピーチをすることになっている。それで彼女は壇上に一番近い最前列を選んだ。


 パメラは椅子に座るやいなや隣の人を振り返った。彼女が最前列でもこの席を選んだ理由である少女だった。


「おはよう」


―――――


本作のタイトルをまた変えました。

いいタイトルをずっと悩んでいたら、どんどんタイトルを変えてしまいますね。申し訳ありません。

ですが今回のタイトルは結構気に入っていましたので、また変えることはないかなと思います。


そして読んでくださってありがとうございます!

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