第18話 農村

 城下の街並みとは比べることのできない建物の質素さ。王都の建物はレンガ造りの建物が主流だったが、ケイル村は土壁。レンガ造りに比べて”もろい”土壁でできたケイル村の家は、壁にできた小さな穴から、ところどころ明りが漏れていた。


 こういうのは失礼だが、このような粗末な住まいで冬は越せるのだろうか。


 ケイル村の現状に目を見開きながら歩いていると、他の家より大きく、ほんの少しだけ立派な家を見つけた。おそらく村長、サロシーと長老の家だろう。

 玄関につくと、木製の古びたドアをノックした。


「はーい」


 サロシーの元気な声がドアの向こうから聞こえ、数秒もしないうちに勢いよく開いたドアとともに、彼女が元気よく飛び出てきた。


「こんばんは!どちらさま?」


 城門で会った時の印象と全く違うサロシー。城門で会ったときはどちらかと言えば、怒りっぽいわがままな娘みたいな印象があったが、今目の前にいるサロシーは、元気な田舎娘でとても人当たりがいい感じだった。


「レルス・カエザルだけど……」

「カ、カエザル様ぁ!!」


 サロシーは大声で俺の名前を叫ぶと、尻餅をつくようにして後ろに倒れこんだ。


「大丈夫?」


 俺が心配するようにサロシーに手を差し伸べると、尻餅をついた体勢から勢いよく膝をつく姿勢に変えて、土下座のような体勢を取り始めた。


「すみません、体形が全然違ったので全然気づかずに……それと、この前はごめんなさい。じっちゃんを助けてくれたのに、私……失礼な態度を……」

「気にしなくていい。俺があなたの、サロシーのおじいさんを蹴った事実は変わらない。理由はどうであれ、罪のない人間に手を出した俺が悪い。改めて言わせてほしい。すまなかった」


 俺はサロシーのそばでしゃがみこみ、両手で肩を優しくつかみ土下座している頭を、肩を優しくつかんで上げさせた。


 少し涙を浮かべている彼女の顔は、ケイル村の村長という仮面の隙間から、少女の面影が見え隠れしているようだった。


「先に言っておきたいが、体形は変わってない。服を詰め物代わりにしているだけだ。この緑色の服は俺にとってはかなり大きすぎるから」


 サロシーに緑色の背広の袖口を向けると、詰めてある服を少しだけ取り出して見せた。


 サロシーが詰めている服に目を向けた瞬間、彼女は急に咳き込み始めた。


「サロシー。大丈夫か?」


 俺は声をかけながら彼女の背中をさするが、ますますサロシーは苦しそうに咳をする。

 俺は背中をさする腕から漂うツンとした匂いの存在を忘れていた。


 そう、この緑色の背広はドッス・コイジャーの服だ。俺がこの緑色の背広に袖を通す前、彼はこの緑色が濃い緑色になるまで汗をかいていた。

 つまり、目の前もサロシーが咳き込んでむせている理由は、俺が来ている緑色の背広から放たれるツンとしたドッス・コイジャーの汗の匂いだった。


 俺は急いでサロシーから離れると、背広のボタンをはずしてジャケットだけ脱いで、外に投げ捨てた。


 これ以上、サロシーの家に危害を加えてはいけないので一旦、玄関の扉を閉めてサロシーの指示を仰ぐことにした。


「ねぇサロシー、お願いがある。着替えたいのだけど、一部屋貸してくれないか?」

「ゴホッ。分かりました。ですが、着替えを持ってこられていないのでは?」

「着替えはある。大丈夫だ」

「分かりました。この廊下を進んでもらって突き当りの右の部屋をお使いください」

「ありがとう」


 サロシーは玄関を開けて、廊下を指さして俺を案内すると、すぐに逃げ立ち去るようにキッチンでお湯を沸かし始めた。


 肉付きのいいドッス・コイジャーと俺の体形の差分を埋めるために、自分の服でカモフラージュしていてよかったと自分自身に感心しながら、案内された部屋で服を着替えた。


 着替え終わり部屋から出ると、サロシーはポットにお湯を入れている。俺はサロシーがキッチンに立っている間に、ドッス・コイジャーの服を外に放り投げて、椅子に座った。


「カエザル様、質素すぎてお口に合うか分かりませんが」


 サロシーは湯気が沸き立つポットと、質素なティーカップを持ってきて机の上に置く。ティーカップを俺の目の前に持っていき、ゆっくりとポットからカップに注いでいく。

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