第12話 凱旋

 ファンファーレが鳴り響き、ヒルキア王国の紋章が描かれた旗を掲げた騎士を先頭に、魔物討伐で生き残った騎士達が列を成す。

 王都中の民達が王宮に続く街道へと集まり、歓声が沸き起こった。ヨハンは無表情のまま白馬をゆっくりと走らせ、そのすぐ後ろに華が続いた。


 華は落ち着かなかった。この凱旋パレードの最中にヒロインが空から舞い降りるはずだからだ。今か今かとそわそわしてしまうのは無理もない。


「どうした? 落ち着かぬようだが」


ヨハンが華に声を掛け、華は慌てて首を左右に振った。


「そなたはこれから正式に騎士として仕える事となるのだ。このような凱旋は幾度となく経験することとなるだろう」


 僅かに笑みを向け、ヨハンは華の肩をトンと叩いた。


「これからも、頼りにしているぞ、アオイ」


 サラリとヨハンの金髪が太陽の光に照らされて輝く。しかし、エメラルドグリーンの彼の瞳はどこか寂し気で、華は何も言わずに頷いた。


——なんだか変な感じ。攻略対象なのに、この人こんなに悲愴感を漂わせてて大丈夫なのかな?


「アオイっ!!」


 美しく着飾った蒼壱が叫びながらパタパタと駆けて来ると、華の前で半泣きしながら声を上げた。


殉職じゅんしょくしたって伝令があって死ぬほど心配したよ!!」


 凱旋パレードが終わり、パレードのゴール地点となっている王宮で待ち構えていた蒼壱は意の一番で華を出迎えた。その隣でヨハンが咳払いをしたので、蒼壱はハッとしてヨハンを見つめた。


 婚約者である王子を差し置いて、先に自分の家族を出迎える不敬を働いてしまった事に冷や汗を掻く。


 蒼壱の塩対応にヨハンはチラリと一瞥した後、華に向かって「ゆっくりと療養するがいい」と言い、サッとその場を後にした。


「うわぁ。ハンナに対しては相変わらずの絶対零度っぷり」


 苦笑いを浮かべた華に、蒼壱も苦笑いを返した。


「今のは俺も悪い気がするけれどね。ハンナは一応ヨハンの婚約者だし。お帰りなさいの一言もないのは塩対応だったかも……」

「さっさと婚約解消してくれたらいいのに」


そう言いながら、華はチクリと僅かに胸が痛んだ。思わず胸に手を当てた華に、蒼壱は心配そうに眉を寄せた。


「大丈夫? 怪我でもした?」

「ううん、平気」


——おかしいな。どうして胸が痛んだんだろ?

 華は不思議そうに小首を傾げた後、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに蒼壱の肩を掴んだ。


「それにしても、ゲームのストーリーと変わり過ぎじゃない? アオイが死ぬなんてエピソードは無かったはずだし、それに……」


——凱旋パレード中に登場するはずのヒロインが登場していない——


「アオイ、疲れただろう。邸宅へ帰ろうか」


 公爵が声を掛け、華は「え?」と小さく口を開いた。この後は討伐隊全員で王と謁見し、魔物討伐の報告をすることになっていたはずだ。


「王との謁見は免除された。ヨハン第一王子殿下がお一人で報告すると仰ってね」


公爵の言葉に、その傍らにいる公爵夫人が頷いた。


「貴方の身体を気遣っての事だと思います。本当に、心配したのですよ」


公爵夫人が瞳を潤ませながら言い、華は申し訳なくて頭を下げた。


「ご心配をお掛けしまして申し訳ございませんでした。父上、母上」

「無事に帰って来てくれて本当に良かった」


 華はなんだかこそばゆい気がした。どうしてもゲームの中の両親なのにという気持ちが残るのは仕方がない。それでも心から我が子を思いやる公爵夫妻に、ランセル家はとても温かい家庭なのだなと思った。


 憑依したのがハンナとアオイで良かったのかもしれない。ヨハンの様に上辺だけのギスギスした家庭に生まれたのなら、性格がひん曲がるのも当然だろう。

 ヨハンがハンナを嫌うのはそういった理由もあるのだろうか。温かい家庭でぬくぬくと甘やかされて育ったハンナはわがまま放題の悪役令嬢だったのだから。


 邸宅に戻り、華は蒼壱を女装から解放する為にドレスを身に纏った。


「全く、無理をし過ぎですよ、ハンナお嬢様。お怪我でもなさって折角のお美しいお肌に傷でもついたらどうするおつもりですか」


 ディードが華の髪を結い上げながら声を震わせた。


「お二人の入れ替わりに加担した私は、死んでお詫びしなければと覚悟致しました」

「ディードが責任感じる必要なんかないのに」

「もう二度とこんなことはお止めになってくださいまし」


 ディードが協力してくれないのは困る、と華は「ダメ!」と思わず声を発した。


「魔物討伐での功績を聞いたでしょ? 私とアオイは入れ替わった方が平和なんだって!」

「……確かに、アオイ様は上手にハンナお嬢様を演じられて、ハンナお嬢様の評判も右肩上がりにございますが」


……へ? と、華は瞳を丸くした。

 蒼壱のことだから、下手な事はしないとは思うが、評判が右肩上がりとはどういうことだろう。


「お顔立ちは元よりお美しいですが、気品溢れる真の淑女であると評判で、第一王子殿下も婚約者の社交界デビューの噂にさぞ鼻が高い事にございましょう」

「……げ」


 華はサァっと顔を青くしてドレスのスカートを握りしめた。


「私、婚約破棄される気満々なんだけど!?」

「あれ程にハンナお嬢様の評判が高ければ、難しいのではございませんか?」

「蒼壱ってば、なんてことしてくれちゃってんの!?」





「華ってば、なんてことしてくれちゃってんの!?」


 蒼壱は素っ頓狂な声を上げて華を非難した。華も負けじと「蒼壱だってっ!」と、涙目になって反論した。

 アオイの部屋のテーブルには大量の手紙が置かれている。どれも女性騎士からの恋文やらパーティーへの招待状だ。中には男性騎士からの手紙も数枚混じっている。


「騎士アオイは女誑おんなたらしだって有名になってるんだけど!? 魔物を討伐しに行って、女の子口説いてどうするのさ!?」

「わ、私が女の子を口説くはずないでしょ!?」

「じゃあ一体どんな話しをしたってのさ!?」

「どんなって……普通に……」


と、華は慌てて言いながら——ん? 私、女性騎士相手にどんな会話したっけ? と、首を捻った。


 騎士を生で見るのは勿論のこと、女性騎士を見るのが初めてだった華は、彼女達相手に同性ならではの距離感で接していたことは確かだ。とはいえ、自分がアオイに扮していることを忘れてはいないので、言葉遣いには当然ながら気を付けた。


『とても綺麗だね。騎士の姿も似合うけれど、きっとドレス姿も美しいことだろう。いつか見てみたいものだ』


——おお。考えてみれば確かに女誑し発言だ……。


「……口説いてたかも」

「華ぁー!」


蒼壱は頭を抱えて項垂れた。

 女性に免疫が無いというのに、これから先どう対応すべきか全く以て未知の世界だ。


「それと、敵を弓矢で次々と射り倒したとか、ヨハンをその身を呈して庇ったとか、天下無双っぷりが噂されてるんだけどどういうこと!?」

「まさかそんな……」


と、華は言いかけて、「やったかも」と、苦笑いを浮かべながら言った。


「いくらスポーツ万能だからっておかしくない!?」

「し、知らないよ! ゲームの中だからちょっと上手くいってるだけだって!」

「俺は華みたいなことできないからね!?」


むっと華は頬を膨らませて、「それより蒼壱! これはどういうこと!?」と、自分の胸を指さして涙目になって声を上げた。


「どうしてこんなにパットを入れなきゃいけないの!?」

「へ!?」

「蒼壱、パーティーでどれほど盛ったの!? お陰で私まで底上げしなきゃいけなくなったじゃない!!」

「え!? いや、華のサイズ分からなかったし……」


 小さいと怒るだろうし、と蒼壱はだらだらと汗を掻きながら、憤然とする華を見つめた。

——あ。確かにあんまり大きくないや。


「大体、『優雅』とか、『気品溢れる』とか、私がそんな言葉とは無縁なの知ってるじゃない!」

「で、でもさ!? 公爵家のご令嬢としての振る舞いをしなきゃって思ったから!」

「やり過ぎなのっ!」

「華だってっ!」


 二人はむぅっと唇を尖らせながら見つめた後、溜息を吐いて同時に項垂れた。


「暫くは入れ替わったままで居るのが無難かぁ」

「そうだね。いつ現実世界に帰れるかわかんないし。危険な任務も暫く無い気もするしね」


 蒼壱の言葉に華はパッと顔を上げると、「それだ!」と、声を上げた。


「私さ、ホントに一回死んじゃったんだけど」

「え!?」

「ヨハンを守って死んだの」

「そういう噂になってたよね。英雄譚みたいにさぁ……死人が生き返るはず無いのに」

「いや、実はあの時ホントに死んじゃって、一度現実世界に戻ったの」


 華の言葉を聞いて蒼壱はソファに座り直すと、少し前のめりの体制になって華を見つめた。

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