第3話 プレイゲーム
書斎で見つけたゲームは、恋愛シミュレーションゲームだった。魔物の出現や隣国との国交と、ファンタジー世界によくある設定の舞台で、主人公の少女が様々なイベントを経て攻略対象と恋に落ちて行くというゲームだ。
「ねぇ、この悪役令嬢の子。なんか私達に似てない?」
華がリビングのテレビに映る、ツンと鼻先を立てた高飛車そうな少女を指さして言った。
「その悪役令嬢と双子の弟って設定の、この攻略対象の騎士もね」
「ホントにモデルにされてたりして。だとしたら、モデル料としてこのゲームをやる権利くらいあるよね?」
「それでも書斎に無断で入ったことは叱られると思うけれど……」
華はソファの上に胡坐をかき、ポテトチップスの袋を開けて口に運びながら、「それで? まずはどのキャラを攻略するの?」と、言った。
蒼壱はソファの下のカーペットに座り、ソファの隅に寄りかかる形でゲームのコントローラーを握っている。
攻略対象は全部で四人。舞台となる王国の第一王子と第二王子、蒼壱そっくりの騎士、隣国の王子だ。
このゲーム独自の変わったシステムといえば、攻略対象に自分の好きな名前をつけることができるというところだ。
「……とりあえず、騎士かな。攻略難易度も低そうだし」
「じゃあ、名前は『アオイ』だね。顔も似てるし。苗字は固定なんだね。『アオイ・ランセル』かっこいいじゃない」
華の発言に蒼壱は顔を赤らめた。あの少女にそっくりなヒロインと自分が結ばれる様をつい想像したのだ。なにやらとても悪い事をしている様な後ろめたい気持ちになった。
顔を赤らめた蒼壱を見て、その理由を知らない華は、『攻略対象に自分の名前をつけるくらいでそんなに照れる事もないのに、蒼壱ったら純粋なんだから』と、僅かに微笑んだ。
「それにしても変わったゲームだね。攻略対象の名前を自分で決められるだなんて」
華の言葉に蒼壱は確かにと頷いた。
「乙女ゲーはやったことがないけれど、大抵はヒロインの名前だけが変えられるんじゃないかな」
「だよね? この変なシステム、需要あるのかなぁ?」
「うーん、攻略対象の男性を自分の好きな人の名前にするんだったりして?」
蒼壱の発言に華が反射的に顔を
——やっぱり華は恋愛に対してどこか拒絶反応めいた感情を持っているな。
と、考えながら、コントローラーを操作した。
「他のキャラクターの名前は何にしようかな」
「うーん。デフォルトのままでいいんじゃない? あ、待って。このヒロインの女の子、同じクラスの子に似てる」
華の言葉に蒼壱は心臓が止まるかと思う程にドキリと鼓動して、思わず息を呑んだ。
——それはひょっとして、今朝公園で会った彼女じゃないかな? 華と同じ学校の制服だったし、俺もこのヒロインが彼女にそっくりだと思ったわけだから。
「そ……その子の名前は?」
ドキドキしながらも冷静さを保って蒼壱が華に問いかけると、華はあっけらかんと「
『かがみ ひな』と、蒼壱が心の中で
——あの子の名前は、『かがみ ひな』。彼女にぴったりの可愛い名前だ。
「……じゃあ、『ヒナ』にしよう」
少し上ずった声で蒼壱は言いながら、ヒロインの名前を設定した。
設定をしながら、彼女に対しての罪悪感が沸いてきた。自分の知らないところで勝手に名前を使われて、本人にバレたらさぞかし気味悪がられる事だろう。自分がこんなに根暗だとは思わなかったと、蒼壱は一人自己嫌悪に陥った。
ヒロインの名前を入力し終えると、悪役令嬢の名前選択画面になり、華に似た少女が意地悪そうな不敵な笑みを浮かべているイラストがでかでかと表示された。
「悪役令嬢の名前まで決められるんだね」
「じゃあ、私の名前を使ってよ。あ、『ハナ』だと悪役っぽくないかな。ちょっと間抜けっぽくない? 悪役令嬢ハナって……」
「それじゃあ『ハンナ』にしておこう」
攻略対象、ヒロイン、悪役令嬢の名前を入力し終えると、ゲームのオープニングムービーが始まった。
物語の舞台は聖王国ヒルキア。その国に生まれた王子『ヨハン』は生まれながらに聖なる力を持つ神の申し子だった。ヨハンが王位を継ぎ、代々伝わる聖剣を手にした時、国中に蔓延る魔物を撃退すべく、大々的な討伐に向かう運命にある。
現在ヨハンは十八歳。魔王討伐の為に宰相の息子であり、近衛騎士見習いの『アオイ』と共に日々厳しい訓練を受けている。
そこへ現れた異世界の少女『ヒナ』。彼女が持つ癒しの力が強力である為、魔物討伐に同行すべく、ヒナもまた厳しい訓練を受ける事となった。
「なるほど、悪役令嬢の私はヨハンの婚約者で、ヒナの邪魔をするってわけか」
「まあ、ありきたりな設定だね」
悪役令嬢が画面に登場する度に華はケラケラと笑い、「私ってばヤな奴ぅー!」と、ヒロインの邪魔をしてプレイヤーである蒼壱を手こずらせる様子を面白がった。
蒼壱はというと、ヒロインが大きく画面に表示される映像の度に、照れて直視する事ができず、必死になって文字と読む事に集中していた。
ちょっとしたミニゲーム等もあり、なかなかにやり込み甲斐があり、プレイヤーを飽きさせない上に、ストーリー展開も選択肢によって多くの分岐が用意されている。
『魔物討伐』のイベントでは、アクション要素が高く、華は蒼壱に代わって楽しんだりしていた。
騎士『アオイ』とヒロインとのラブシーンが映し出され、蒼壱が恥ずかしくて俯いている時に、華がポツリと言葉を発した。
「……こんなさぁ。恋愛なんて綺麗ごとだけじゃ済まされないのにね」
——華は、蒼壱には話していないが、こっぴどく振られた事があった。
『蒼壱と性別交換したら良いいのに』
中学生の頃、華が淡い想いを抱いていた相手に言われた言葉だった。
「ホント、そうだよね。私もそう思う!」と、笑って言いながら、華は心の中で大号泣していた。
自分がガサツな性格である事も理解していたし、同年代の子に比べて背が高く可愛げが無い事も分かっていた。
蒼壱が落ち着いていて気遣いが出来る優しい子である事も自慢に思っていた。
だから、仕方のない事だ。私に誰かを責める資格なんかない。誰も悪くなんかない。むしろ、蒼壱の控えめな性格を女性っぽいとバカにされた様な不愉快な気もした。
華は、高校は蒼壱と別々の学校に行きたいと考えたが、理由を聞かれるのも嫌で女子高に行く事にした。女子高なら、絶対に蒼壱と同じ学校にはならないからだ。
スポーツ万能で明るい性格の華は女子高で憧れの的となった。バレンタインには沢山のチョコレートを貰って来るし、本気で告白された事もあった。その度に「そういうのはまだ分かんなくて、ごめんね」と自分の子供っぽさをひけらかして断るのも、心情的には堪えるものだ。
『
優しくて、女の子らしく可愛い彼女が華にとっては羨ましく思っていた。自分も彼女といたら少しは女の子らしくなれるだろうかと思っていた矢先、妃那から告白されたのだ。
いつも通り自分の子供っぽさを理由に断ろうかと考えながら、華は震える唇で全く別の事を彼女に話していた。
「……私の双子の弟に、蒼壱って居るんだ。妃那には、蒼壱が合うと思う」
——最低だ。私、『蒼壱と性別交換したら良いいのに』って、自分が言われて傷ついた言葉と同じ意味の言葉を妃那にも言ってるんだもの。
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