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妹は、私の四つ下だった。かわいくて、明るくて、愛される才能に満ちていて、愛する才能にも満ちている、そんなひとだった。
口下手で人見知りの不出来な人間が姉なことを恥じたこともなかった。見下したり、かといって過度に気遣わず、私のことが大好きだと、屈託もなく口にして笑っていた。
笑うときに、左目が特にくしゃっとして、八重歯をのぞかせて笑う、人形みたいにかわいい子。
何度、その輝きに灼かれたことだろう。
私に向けないような笑顔をする両親を見たとき。私がすごい時間をかけてようやく終わったことをあっさりやってのけたとき。私に「友達になりたい」と言ってきた人が妹目当てだったとき。ひそかに好きだった人が、妹の恋人になった時。
あらゆる場面で、妹の存在の陰に隠れていた。私は、『神崎春子』ではなく、『神崎美冬の姉』という存在だった。妹のおまけ。さして誰の記憶にも残らないような、そんな存在。生きても死んでも、さして変わらないような。
それでもようやく、社会人になって、家から出ることができて、あの疲れた場所から離れられた、その時だった。
妹が、死んだのは。
死因は交通事故。即死だった。飲酒運転のトラックが突っ込んできて、そばに居た子供を庇ったらしい。
妹は、その善性の輝きを他人に叩きつけて、深い傷跡をのこして、死んだ。家族にも、たくさんの友人にも、幸人さんにも。
そして、私にも。
人間は忘れられた時が死ぬ時だ、と聞いたことがある。
きっとこれから先、誰一人として妹のことを忘れる人はいないだろう。死んだ妹は、永遠に善い少女のまま、生き続ける。人の記憶のなかで。きっと妹がほんとうに死ぬ日は、ずっとずっと遠くにあるのだろう。
なら。
それなら、生きているはずなのに、誰の思い出にも、傷にもなれない私は、
ほんとうに、生きているんだろうか?
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