来客(カミキリムシ1)
「なぁ、お願いだよ! あいつを助けてやってくれよ!」
「申し訳ありませんが、それはできないのです。あなたに虫との
「そんなの、話してみないと分からないだろ! せめて一度会いたいんだよ!」
「それは私にはどうにもならない事柄です。申し訳ありませんが、お引き取りください」
台風一過のすがすがしい空気の中、いつものように温室を訪ねた葵は、そこで一人の少年が片目の男に泣きついている場面に出くわした。
どうやら少年はお客のようで、右手にお金を入れているらしい
すでに何度も「やってほしい」「できない」というやり取りを繰り返していたのか、少年は涙目になりながらも、まだあきらめる様子がない。一方片目の男は、温室のドアを片手で開け放ち、もう片方の手で少年の肩に手をかけ
「どうしたの? お客さんじゃないの?」
互いに
「すみません、お嬢さん。こちらのお客様はご学友に困ったことが起きたという事でいらしたんです。ですが、私が見たところ彼には何もないんですよ」
「何もないことないんだって! だって僕、カミキリムシのせいで友達と会えなくなったんだから」
「ですからそれは、あなたから見たお話なのです。私に話していただいても、何もして差し上げられませんので」
少年は必死な様子だが、片目の男は立て板に水と言った様子で、はなから聞く気はなさそうだった。普段は穏やかで優しい男が、そこまで頑固に、しかも虫が関わっているらしい話を聞こうとしないのは、葵には不思議だった。
それにこのまま放っておいても、男が
「あの、聞くだけ聞くってわけにはいかないんですか? ここまで来るの大変だったはずだし、聞いてもらえれば少しは気が済むことだってあるし……駄目ですか?」
片目の男は目を見開いて葵を見た。何てことを言うんだ、という顔だった。その下で、少年はみるみる期待のこもった目になって、男の顔を見上げた。
「はぁ……仕方ありませんね。でも本当に、私は話を聞くだけですよ」
温室に入ると、少年はいつも葵が座る揺り椅子へと案内され、葵は男がいつも座っている椅子、男は足りない椅子の代わりに踏み台に腰かけた。
全員が座ったところで、少年はほっとしたように話を始めた。
「僕の友達は……って言っても、僕がそうなりたくていつも声を掛けてただけなんだけど、一人ぼっちのことが多い子だったんだ。グループ活動しようってことになるといつも余っちゃうし、外に出るのは好きじゃないって言って、誘ってもサッカーにもバスケにも参加しないし。給食もいつも一人で食べてて、僕が呼んでも来なかったし。
ただ一度だけ、本を貸し借りしたことがあったんだ。そいつは虫の図鑑がないか、って図書館で探してて、僕のうちなら色々あるから貸そうか、って話になって。
最初はびっくりした顔をしてたし、しばらく戸惑ってたけど、『じゃあ、貸して』って言ってくれたんだ。それで、返してくれる時『この本面白いから、よかったら読んでみて』って植物の本を貸してくれて。僕には難しかったし、すぐ返しちゃったけど、嬉しかったんだ。
だけど夏休み前、僕が鉄棒で怪我して入院してる間に、あいつは急に学校からいなくなっちゃったんだ。
お別れ会もしてないらしくて、本当に、急に転校していったって。クラスのみんなに聞いてみたけど、誰も転校するなんて知らなかったって言ってた。
だけどもっとみんなに話を聞いてたら、『あんなことをしたんだから当たり前だよ』って言いだしたんだ。それで何だろうって思ったら、僕が入院した次の日に、あいつはカミキリムシを捕まえて、休み時間にみんなのノートを切って回ったんだって。
どこかで珍しいカミキリムシを捕まえてきたって大騒ぎして、でも誰も面白がらないから、怒ってノートをビリビリにして回ったんだ、ってみんなは言ってた。
だけどさ、切られたっていうノートを見せてもらったけど、本当にはしっこがちょんって切れてるだけだったんだ。言われなきゃ分からないくらい、ほんのちょっとでさ。
なのに『そうやってみんなのノートを切ったから、ご縁が切れたんだ』って女子には言われるし、僕の友達もみんな『女子がそう言うのも仕方ないよ』って言うし。
でも、みんながそう思ってるってことは、たぶんやっぱりカミキリムシが原因なんだ。
だったらさ、その日にもし僕がいたらちゃんと止めてたし、急にいなくなることなんてなかったはずなんだ。僕が入院さえしてなかったら……。
なぁ、これってカミキリムシのせいなんだろ? その『いんねん』ってやつをどうにかすれば、あいつは戻って来られるんだろ? だからお願いだよ!」
話が終わると、少年は腰を浮かせて葵に
しかしそこで、それまでじっと話を聞いていた男が立ち上がり、すっと手を伸ばして少年を椅子に戻させた。
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