見てはいけない
りょうと かえ
都内在住、10代の女子大学生 A氏からの聞き取り
Aさん、まずあなたの知っていることを教えてください。
「それは数か月前、真夏の深夜のことでした。眠れない時、私はよくホラー系の動画や配信をベッドの中から見るようにしてて。大学での勉強がちょっとハードで。ストレス解消みたいなものです」
Aさんの趣味、ということですね。
「そこでいつも巡回しているチャンネルのひとつに、ちょうどライブ配信の予告があって。いつもはアーカイブだったので、ラッキーだと思いました。そのチャンネルは活動頻度が低めなのですが――とても良質なホラー配信をしてくれるんです。なので、私はちょっとテンションが上がりました」
私がチャンネル名を言うと、Aさんは頷いた。
「はい、〇〇〇〇というチャンネルです。そうです、配信者さんは髪の長い綺麗な女性の方でした。とても綺麗な人ですから、ちゃんと覚えています。
ライブ配信は深夜からでした。私はベッドの中から横になって、その配信を見ることにしました。タイトルは確か……。
『見てはいけない』
でした。
おかしいですよね、配信をするのはその人なのに。でも、これもよくある手法じゃないですか。人目を引くというか……こんなタイトルを付けられたら、余計に見たくなります」
配信タイトルを見た時は、単に新機軸なのだと思ったんですね。
「それで配信を見始めたのですが、初めのうちは普通でした。その配信者さんはいつも、配信部屋や出先から明るくスタートします。定点カメラや自撮り棒で。最初は明るくて、段々と怖くなっていくのがスタイルでした。例外はなかったはずです」
最初の内はいつも通りだったと。
「で、配信者さんが本題に入ったんです。テーブルの下から、赤い四角形の……おもちゃの箱を取り出したんです。ええ、大きさは手のひらに乗る程度で。赤くて、黒い線みたいなのが走っている、変な箱です。質感が妙に気持ち悪くて、お肉みたいな感じでした。今思い出しても、ちょっとぞわぞわします」
それで、配信者さんは箱について話し始めたんですね?
「そうです、この箱は呪われた箱で……ああ、でも配信者が持っているのはレプリカだっていう話ですけど。色々と由来があって、恐ろしいものだそうです。正直その時点では、ふーんとしか思いませんでした。だって箱は不気味ですけど、明らかに作りものですから。幽霊じゃなくて、箱なんです。でも、おかしなことが起きました」
おかしなこと?
「彼女が箱を手に取ってから、数分経ったんです。最初は気のせいかなって思ったんですけど、なんだか彼女の口数が少なくなって、箱をじーっと見つめてるんです。こちらの、カメラのほうを向かないで。もうずーっと箱を見ていて。それがすごく奇妙に感じました」
視聴者を無視していたということですね。
「ええ、そうです。あり得ないですよね。喋りもせず、手に持った箱を見てるだけなんて。それも数十秒とかじゃないんです。何分もですよ。わたし、怖くなってきたんです。顔出しもしてる馴染みの配信者さんが、こんな配信をしたらどう思いますか。なんだかおかしい、まずいことが起きてるんじゃないかと思うでしょう。でも、配信は続いているんです。私はそのまま配信を見続けました。きっと配信を見続けていれば、何かわかるはずだと……。気になってしょうがなかったんです」
Aさんはとても怖かったのを覚えているという。配信が始まって2分経っても、4分経っても、彼女は箱だけを見続けていた。
「私も固唾を吞んで、配信を見ていました。神経が高ぶって……どうなるんだろうって気持ちだけでした。それで7分くらいたって、配信者さんから声が聞こえてきました。とてもかすれていて、普段とは違いましたが。普段の明るさも、怖がらせるために芝居じみたところもなくて。病人みたいな感じでした」
Aさんの視線に落ち着きがなくなってくる。いよいよ核心に近付いてきたからだろう。その言葉を思い出してくださいと伝えると、Aさんはぎょっとしたようだった。
少しの間、Aさんは迷ったが、その配信者さんの言葉をAさんは繰り返した。
『来てはいけません』
聞き取りづらかったようだが、そんな始まりだったという。
『ここに来てはいけません』
「そして配信者さんはひとつの場所を言ったんです」
『〇〇〇大学に、来ないでください』
「その名前を聞いて、あっと思いました。心臓がきゅっとなって……冷や汗が止まりませんでした。今もそうです。思い出すと、気分がちょっと悪くなります」
Aさんは明らかに動揺していた。私はAさんに水を飲むよう勧め、落ち着くのを待った。
「……ええ、もう大丈夫です。水を飲んで落ち着きました。それでなんで、私がこんなに怖がっているかですよね?」
「配信主さんの言ったのは――私の通っている大学の住所だったからです」
そのライブ配信を最後に、彼女の活動は途絶えたという。そして今はもう、そのチャンネル自体も完全に消えているのだとか。
しかし、Aさんはいまだにその大学へ通っている。
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