第7話 呪いとゆーと、王女が犬の姿にされたりするヤツか?

 レベイチ魔王って、なんぞ。

 はじまりの村に着いたばかりの、勇者かよ。木の棒と布の服で、スライム殴ってる場合じゃないんですけども。


「レベルいちじゃ、最終奥義なんてブッ放せないじゃん!」

「そうだねえ。まともに発動できないだろうねえ」

「だとすると、あの時のミルフィリア様が放った魔法はいったい…… ?」

「リアはこの状態で、魔法を使ったのかい?」

「ええ」

「いまのリアに、扱える魔法は無いはずだよ」

「そうです。そのはずです。しかし、だとすると…… 」


 アリスとヒューは真剣な顔だ。

 いや、そんな。『レベイチで奥義とか何やそれ!打てるかーい!』ていうツッコミ入れただけなんですが。

 あれ?割と真面目に議論するポイントなのか??


「アリスが言った、『あの時の魔法』って、勇者とのラスボス戦のだよね?あれが、発動してないの?」

 暴走してた感はあるけど、いちおう発動したと思ったんだけどなあ。

「ラスボ…… ?いや、それより、勇者?ニール共和国は、勇者の継承を行ったのかい?」

 ヒューの問いかけに、アリスが額に手を当て、深いため息をつく。

「ミルフィリア様、いくら私の父とはいえ、機密情報を…… 」

「えっ、き、機密?そうなの?!」

 勇者の存在って機密事項なの?!どゆこと??


「ステータスの問題もありますが、魔王様のこの認識の状態。これも異常です。ありえません」

 なんだとう。あり得ないことだらけだな。

 やっぱ異世界転移するともなると、規格外の状態ってのはテッパンの展開で…… 。

「リア、魔王継承の儀式や、継承する人物の条件については覚えてるかい?」

 おっと!それは、わたしの小説の世界設定にもあるから分かるぞ!


「魔王城の宝物庫に納められた『裁定さいてい王笏おうしゃく』!あれを使うんでしょ?魔国ベルフレーンゆびおりの、魔法の使い手たちを集めて…… 彼らが放つファイアボール千本ノックを、その王笏で、見事すべて打ち返した者が魔王を継承できる!そして、継承の儀では、サキュバスたちがサービス満点のコスチュームで…… 」

「もう結構です。まったく違います。── なんですか?その頭のおかしい人が考えたとしか思えない内容は」

「ええ…… ?!」

 考えたのは私。イコール、頭がおかしい人は、この私です…… とは告白できない。ぴえん。


「裁定の王笏、までは合ってたんだけどねえ」

「むしろ、そこしか合ってません」

「確かに今のリアの知識はちょっと…… うん、なんというか。どうかしちゃってるねえ」

 慎重に言葉を選ぼうとしたヒューに、結局『どうかしてる』と言われる始末。

 なんだよお!もおお!

 この魔王継承の条件と儀式の設定は、担当編集の松田さんだって気に入ってくれたんだよぉぉ?!


「私には、原因を探るのは難しいな。『森のじいじ』のところへ行っておいで」

「ええ。おじいさまなら、何か分かるかもしれませんね」

「あのー、『森のじいじ』というと…… 」

 その呼び名は知ってる。が、ついさっき自分の知識を『頭がおかしい人が考えた内容』と、ぶった斬られたばかりだ。発言に慎重になる。


「『森のじいじ』というのは、私の祖父フィル・ホワイトのことです」

「国境近くにある『宝石竜ほうせきりゅうの森』に住んでいてね。森に住んでるおじいさんだから『森のじいじ』。子どもに分かりやすいように、いつの間にかついたあだ名なんだ」

 良かった。その知識に間違いは無かった…… !


「フィルじい…… 私の魔法の先生、だったよね?」

「そうです。── 言っておきますが、ファイアボールを王笏で打ち返す技術は、教えていませんからね?」

「分かってるよお!!」

 本当か?とでも言いたげに、アリスが横目でじとりと見てくる。くっ…… 。ファイアボール千本ノックネタを、根に持ってらっしゃる…… 。



 ともかく、翌朝に『森のじいじ』フィルの家を、アリスと2人で訪ねることになった。

 転移魔法は、ごく限られた場所の行き来にしか使えない。森の中は道が険しく、馬で向かうのも無理だ。歩くしかない。

「日の出とともに出発すれば、昼前には着きますよ」

 アリスは、何でもないことのように言ってくれる。簡単に言うけど…… 。たぶん歩いて5、6時間の距離なのでは?何でもなくは、ないのでは?

 ふだんの生活の、ゆうに1か月分の歩数を歩かされる。── 死ぬんでは?


 自分の体力が、これっぽっちも信用できなかったが、結果からいうと杞憂だった。

 アリスに遅れを取ることもなく、余裕で目的地に到着した。


 魔王のからだ、体力すげええええ!


 * * *


「おじいさま!」

 宝石竜の森の奥にある小さな家に着くと、扉の前に背の高い老人…… フィルじいが立っていた。グレーの髪。深い皺に縁どられた目元が、とても優しそうだ。ヒューにそっくりで、一目で血縁だろうと分かる。

「さあさあ、入りなさい」

 うながされて、アリスと2人、家の中に入る。


「宝石竜たちが教えてくれたよ。アリスとリアが、ここに向かってるってね」

 宝石竜は『竜』と名がつくものの、実際は鳥だ。空の高い場所を、大きな翼を広げゆうゆうと飛ぶ姿。それが遠目には、竜のように見える。

 そして長い尾の中の色とりどりの羽が、宝石を散りばめたように美しい。そこから宝石竜という名がついた。


 フィルじいはこの国で、偉大な魔法使いとして名を知られた1人だ。

 彼はその魔力の特性から、一部の生き物と意思の疎通ができる。隠棲いんせいしている今は、この森の宝石竜たちと仲良くのんびり暮らしている。

 いちおうこの家は、本屋&道具屋でもあるのだが、まあ客はほとんど来ない。「月に1人か2人は来るよ」と本人は言っていたが、それはじゅうぶん『ほとんど来ない』だ。


 私から見ると、理想的な生活だ。とても羨ましい。私ものんびりオタ活しながら、隠棲したい。お家でごろごろしながら、神の同人誌を読みたい。


「さて、それで。リアについてだが。…… これは一種の呪いのようなものだね」

 フィルじいが結論からのべる。


 ほー…… 。

 呪いとゆーと、王女が犬の姿にされたりするヤツか?あと、デバフがかかったり。ステータス異常ぜんぶ盛りになると、めちゃ面倒くさいヤツ!


「呪い?ミルフィリア様は、呪いで記憶がおかしくなっているのですか?」

「実のところ『呪い』という言い方が、正しいか分からないがね。なんというか、まるで…… 魂が半分に分かれたような状態なんだ」

「魂が半分って…… こわ!!」

 だいじょうぶなの、それ?私、はんぶん死んでるってことにならない??


「魂を分かつ?そんなこと、可能なのですか?それに、いったい誰が…… !」

 アリスが分かりやすく怒ってらっしゃる。

「具体的に、誰に何をされたかは分からない。ただ、何者かの術によって、リアがこの状態になっているのは確かだ」

「えええー…… 陰謀、的なヤツなの?それって魔王配下のなかに、悪役がいたりする??」


 アリスがぱっと私の方を見る。すごい顔をしてらっしゃる。── ホントにすごい顔だな。

「なに?すっごい顔してるけど…… 」

 私、まずいこと言ったか?彼女はふい、と目をそむける。

 

「…… 一枚岩とは、いえないですね…… 」

 アリスは苦々しげに、それだけ口にした。

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