160 BBQ

 昼から夕方へ。眩い蜂蜜色の光が浜辺を染め上げる。

 キャンプファイヤーの為に丸太を組み、BBQの用意をしていると蜂蜜色の空に夜のグラデーションが混ざり始めて何とも綺麗だった。


「……綺麗だなぁ、村で見るのとはまた違った夕陽だぁ」

「村でも川まで出ると綺麗だけど、この感じは海ならではだよねえ」

「んだなぁ」


 夕食は作る過程も楽しもうという事で、材料だけ貰ってクルーには休んで貰っている。リョウとメイがBBQ用の野菜を切り、ジラフとカイがテントを張り、ケンとガンがBBQ用の炭と網の用意をしていた。タツはベルに首根っこを掴まれ、夕食用のドリンクの準備をさせられている。


「リョウさん炭の具合も丁度だぞ!」

「おっ、じゃあ始めちゃいますか!」


 皆が網の周囲へ集まり、タツとベルが用意した色鮮やかな南国風のカクテルが配られる。それぞれ手に持ち乾杯から始まった。


「では夕食を始めよう! 各自好きに焼き食べること! ただし、優勝賞品の最高級霜降り牛肉は各チームに用意された分しか手を付けぬこと……!」

「くう……!」

「まあ一皿ありますから、四人で分けましょう。思ったより量ありますし……!」

「仕方ないのう……!」


 各自好きに焼くスタイルなので網も幾つか用意され、傍らには各種肉や野菜がたんまり用意されていた。更に隣の簡易テーブルには、輝かんばかりの最高級霜降り牛肉が格差社会を示すように置かれている。敗北した青チームには大皿にこんもり乗った一皿。勝利した赤チームは食べ放題なので幾つも山盛り皿が置かれた上に、無くなれば追加されるシステムになっていた。


「うわあ、うわあ、おらこんな贅沢初めてだ……っ!」

「メイちゃん好きなだけ食べて良いわヨッ!」

「やったー!」

「おれ最近覚えた。美味い肉は美味い」

「その通りよガンナー、沢山お食べなさい!」


 ケンが音頭を取り、乾杯し、各々肉を焼き始めた。勿論最初は、最高級霜降り牛肉だ。メイがえへえへと嬉しそうに網に肉を沢山並べ、ジラフも鼻歌混じりで網に肉を並べた。ベルとガンは渾身の一枚を焼くべく少しずつ並べている。そして、青チームは肉の取り分を決めるべく相談を始めた。


「四等分だ。きっちり四等分だぞ!」

「これ薄切りとステーキタイプ二種類あるからきっちり難しくなぁい!?」

「ですが出来れば平等に争いが起きぬよう分けたい所ですね……!」

「争いはいかんぞ争いは! 儂負けてしまうもの!」

「だがこれは争う予感しかしないな……!?」

 

 問題はステーキ状の分厚い肉が三枚しか無い事だった。大変な争いの種である。


「ふあぁ……蕩ける……! おらこんな美味え肉喰った事ねえ……!」

「ホント! これすッごく美味しいわヨ! 食べるというより飲めちゃう!」

「うふふ、優勝した甲斐があったわねっ!」

「あ、うま」


 既に赤チームは焼いた肉を食べ始めている。明らかに美味しそうだった。これは戦いだな……とおもむろにケンが拳を慣らし始め、リョウも悩ましい顔をしながらストレッチを始め、カイも苦悶の顔で片眼鏡モノクルをクイッし、タツはただ青褪めた。


「ちょ……! 三人共やる気じゃないかの……!?」

「仕方ない。野生生物も強き者が一番に食べる権利がある。これは仕方ない」

「そうだね……心苦しいけれどこれはちょっと……争う時かな……」

「私も戦いは嫌いですが……これは……」


 青チームに不穏な気配が立ち込め、赤チームが気付いて顔を見合わせた。全員頷いたので、代表してガンが動く。肉の山の方へ行き、適当な大皿をふたつ持って青チームの方まで持って行ってやった。


「おら、情けだ」

「……ガンさん!」

「おれの情けじゃねえぞ。赤チーム全員の情けだぞ。感謝しろよ」

「赤チーム優しい~!」

「ああっ、命の恩人なんじゃよ~!?」

「嗚呼、赤チームの皆さんありがとうございます……!」


 一人一皿。配るともうひとつ大皿を持ってきて全員に同じ量の肉が支給された。一人で食べるには十分以上の量だ。


「ケンだけ足りねえかもしんねえから、そしたらおれの分けてやる」

「ガンさん……ッ!」

「カイも足りなかったらわたくしの分を分けてあげてよ」

「ベル……! 足りると思いますがその気持ちが嬉しいですよ……!」


「……っ、…………うう……!」

「どうしたのメイちゃん……!?」


 ガンとベルの優しい気遣いに、メイが苦渋の顔で唸り始めた。


「お、おらも……おら、も……リョウどんとか……もし、もし……それで足りねえようなら……なら……っ」

「いいよ大丈夫だよこれで全然足りるよそんな辛い顔しなくて大丈夫だよ……!」


 メイが血涙を流しそうな顔で頬を肉でぱんっぱんにして申し訳なさそうにしている。寧ろ肉の方も自分に食べられるよりメイに食べられた方が本望だろうという気持ちが芽生える顔だった。

 

「すまねえっ、すまねえ……! スマートに分けると言えなくてすまねえ……!」

「いや! 本ッ当にお気持ちだけで十分だよ!? ありがとね……!?」


 霜降り問題が解決したので、後は皆で肉とたまに野菜を焼いてBBQを堪能した。大量にあった食材も、メイの食欲でぺろりと平らげてしまい、余り物の出ない大変エコな夕食だった。


 夕食の後は酒を飲みつつ皆でゲームをしたり騒いで楽しむ事にする。

 この辺りになると、徐々に明日の作戦への仕込みが始まった。少しずつ、気付かれないようにお遊びの罰ゲーム内容が『酒を飲む』へと変わっていく。

 作戦を知らないのはリョウとカイとメイだけである。王様ゲームだろうと連想ゲームだろうと、不自然にならない程度でさりげなく他が連携し、三人の負けが増えていった。月が高く昇る頃には三人はべろべろだ。


「ふぁぁ……おら気分良くなってきたぞぉ……!」

「僕も大変気持ちよくなってまいりましたぁ!」

「私も今なら空が泳げそうです!」


「おー……此処までべろべろの三人見るの初めてだわ。酒ッてやっぱ怖えな」

「これは良くない酒の飲み方なんじゃよガンナー殿~!」


 カイは地上を泳ぐ動きを繰り返し、リョウとメイは変な踊りを踊っている。


「わはは! 出来上がって来たな! 此処で美味しいスペシャルカクテルの追加であるッ! それはもうスペシャルなカクテルであるッ!」


 ゴソゴソしていたケンとベルとジラフが、鮮やかな南国風のカクテル――パッと見は普通の美味しいスペシャルカクテルに見える、を運んできた。


「ガンさんはノンアルコールにしておいたぞ!」

「お、さんきゅ」

「タツさんはアルコールマシマシにしておいたぞ!」

「有難きサービスなんじゃよ~!」


 順番に配っていく。


「どうぞ、カイ。所であなたわたくしの事好き?」

「おやこれはありがとうございますベル! 何ですか!? そうですね!? 私はベルの事を心から大変お慕い申し上げている所存で御座います……!」


 ベルがカイにスペシャルカクテルを配るついでにさりげなく聞いてみるが、べろべろに酔っているので気持ちよく答えてくれた。


「おお、酔いって怖え……勢いで返事しちまってる……」

「これはリョウちゃんとメイちゃんもワンチャン……?」


 カイの様子を見たケンとジラフが、それぞれカクテルを配りながらさりげなく聞いてみる。


「ほらリョウさん。所でメイさんの何処が好きなのだ?」

「ありがとう! ええ!? 言わせないでよおおお恥ずかしいじゃん! よく食べるところでしょ!? 巨乳なところでしょ!? 後は笑顔が可愛いし性格がいい! 後はね――」

「巨乳が出てくる順番が2番目で安心したぞ!?」


「んもう! リョウどん何言っとるんだぁ~! 照れちまうだろ~!?」

「ほらメイちゃんカクテル! ちなみにメイちゃんはリョウちゃんの何処が好きなの?」

「おお、ジラフどんすまねえ! おらか、おらはなぁ……! リョウどんの優しいところだろ!? 顔もハンサムでかっこええだろ!? 後は料理が美味い! 後は、後は――」

「アッ、料理より顔が先なのネッ!?」


 二人ともべろべろの勢いで正直に白状している。そのままグイーッっとカクテルを呷り、すぐに安らかに砂の上で眠り始めた。同じく呷ったカイもだ。


「寝るの早くねえ!? 大丈夫か!?」

「安心なさいガンナー! 毒では無いわ! ちょっと魔法を掛けたのよ」

「うむ、万が一酒に強過ぎて寝ない場合があると困るからな!」

「ええ、少々カクテルに仕掛けをさせて貰ったわ。健康に害は無いわよ、大丈夫」

「改めて見ると恐ろしい作戦じゃの~」


 ともあれ準備は整った。後は明日の朝を待つばかりである。

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