142 ピンクの城

 ガンが男子会のリサーチを終えて帰路に着いた頃。海上都市へ技術研修を受けに行ったケン達三人も今日の研修を終えていた。


「二人の覚えが早いから、今日は早く終わったな!」

「もう教わるの、すんごい楽しくてなぁ……!」

「アタシも戦い以外の事ってすごく新鮮! 楽しいワァ!」


 二人はここ数日、左官やタイル工の技術を学んでいる。職人達は厳しくはあるものの丁寧に的確に指導してくれる為、二人もめきめき技術を会得していた。


「今日は少し時間も余ったし、何処か見学してから戻るか! 研修ばかりできちんと船は見てはいないだろう!」

「わぁ、見たい見たい!」

「そうだケンちゃん、女子会に向いたオシャレで可愛いキラッキラでゴージャスなお部屋とか無いかしらネッ! 折角なら場所にも拘りたいじゃない?」

「ほう、女子会か! 少し待て!」


 ケンが侍従を呼び寄せて、何事か確認をしている。ややあり頷いた。


「丁度良い場所がある。男子禁制ゆえ俺は門前までしか入れんが、二人なら大丈夫だと思うから今から見に行こう」

「ンマ!」

「ケンどんが入れねえ場所……!?」


 詳細が分からぬままケンの案内で馬車に乗り、宮殿敷地の奥へと向かった。

 広大な庭園を抜けると、明らかに今まで見てきた感じとは違う屋敷――というよりは小さな城のようなデザインの建物が現れた。


 真っ白な柵とピンク色のレンガ壁で外回りが囲われており、可愛らしいのだが出入り口は大きな水色の門ひとつ。門を守る衛兵も女性のようで、なにがしかの厳重さを感じる。内庭には花が咲き乱れ、これまた可愛らしい東屋も見えた。

 その奥にはピンク主体の小さな城デザインの屋敷が存在を主張している。壁材や窓枠には白や水色、薄紫等も使われているが、ピンクの主役さが何とも凄い。一言で纏めるとピンクの城だ。


「わぁ、なんちう可愛らしい城だぁ! おらこんなの初めて見た……!」

「マーッッ! 最高じゃない! 何なのこれケンちゃん!」

「此処は見た通り、正式名称は忘れたが何かピンクの城である! 女性しか入れぬ難攻不落の――主に女子会に使用されている場所だ!」

「女子会専用の場所ですッて!?」


 女子会専用の城がある事にまず驚いたが、男子禁制ならケンが入れない事も理解は出来るが王様なのに? と思ってしまう。あと難攻不落の響きが気に掛かった。


「いや、最初は確か避難所として作ったのだ。これを見よ」


 無造作にケンが門から踏み入ろうとし、途端に何かに弾かれたように阻まれた。


「男が物理的に入れんのだ。魔法が掛かっている。暴動や反逆で襲撃があったとして、兵士達は殆ど男だろう? 女子供の有事の際の避難所として作ったのだ」

「確かに、ケンちゃんを狙うなら王都だとかに居るよりこの船に居る時を襲った方が防備は薄いわネェ~! 逃げ道も無いし!」

「だろう? だがまあ初期は兎も角、此処を作る頃にはそういう襲撃は一切途絶えていた訳だが」

「ウフ! 征服しきっちゃったのネ!」


 つまり無用の長物となった訳だ。


「とはいえ遊ばせておくのも――となって改修されて、いまやこの有様だ。避難所としての機能はそのまま、後は女子会や、女児達のままごと場になっておる」

「成る程ねェ~! けどアタシ身体は男だけど入れるかしらッ!?」

「恐らく。単純な見目や身体的だけでは無い、精神的な物を判別する魔法が掛かっている筈だ。女装した刺客を通しては意味が無いからな」

「ジラフどん、試してみよう」


 先にメイが門を潜る。あっさりと潜る事が出来た。次にジラフが緊張の面持ちで踏み込むが――弾かれない。普通に門の内側に足が触れた。


「キャア! アタシの心が乙女として認められたッて事ねェ~! 嬉しッ!」

「矢張りな! 俺は中の事は分からんが、案内人が居る筈だから見学してくるといい! 気に入ったならいつでも使えば良いぞ!」


 お言葉に甘えて“女子二人”で下見をする事となった。案内人に誘導され、城の中を見せて貰う。中も期待を裏切らないピンクの世界だった。乙女の夢とレースとフリルと砂糖とスパイスと素敵な何かを詰め込んだような、可愛すぎる空間だった。


「ジラフどん……! こんな、こんな……夢みてえだ……!」

「振り切ったわね……! これはまさに可愛いの暴力……ッ!」


 幾つもパーティールームがあるらしく、順に紹介された。淡いピンクとアンティーク調が主体のプリンセスルーム。部屋の全ての物がビビットピンクに統一された完全ピンクルーム。虹や雲やユニコーンをモチーフにした夢かわルーム。

 ピンク以外にもパステルカラーだったり花やハートがテーマだったり、女子が好みそうなあらゆる物を詰め込んだ多彩な部屋が幾つもあった。


「ウッ……ウッ……! ジラフどん……! ジラフどん……!」

「メイちゃん! 泣いているの!?」


 最終的にはあまりの事にメイが泣き出した。


「おら、おら……っ、こんな素敵な場所で女子会するのッ、夢だったんだ……っ! こんな素敵なお部屋ぁ、おらさ世界には無かったです……っ! 嬉し過ぎる……っ」

「ンマ! 確かに田舎からの旅暮らしだったものね……!」

「それにジラフどん見たか!? パーティールームだけじゃねえ、寝室まで付いとった……! これは、もう……」

「ええ、夜通しパジャマパーティーが出来るわよッッッ!」

「うん……っ!」


 メイにとっては乙女の夢が体現したかのように映り、あまりの感動に涙も零れてしまうというものだった。ひとまずジラフが貸してくれたハンカチでぎゅっと涙を押さえる。


「近日ベルちゃんと三人で女子会をするわよッ! いいわネッ!?」

「うん、うん……っ! けどお部屋、迷っちまうなぁ……!?」

「何言ってンのッ! 全部屋制覇するまで何度でも開催するわヨッ!」

「やったぁ……!」

「超可愛いパジャマを着て夜通し語り明かすわよッ! いいわネッ!?」

「ふへぇ……! 楽しみだぁ……!」


 メイが泣きながら満面で笑った。聞けば可愛い料理やお菓子等の提供の他、寝間着やグッズの貸し出しもあるらしく、細かにサービスを念入りに確認してから見学を終える。門前で待ってくれていたケンに合流し、大変気に入った事を伝えると喜んでくれた。


「俺達も今度男子会をする予定があるから、日程を合わせると良いかもしれんな」

「アラッ、別所で同時開催素敵じゃない! じゃあ日程も調整しましょうネッ」

「えへへ、ふへぇ……楽しみ過ぎる……!」

「気に入ってくれたようで何よりだ!」


 ピンクの城見学で丁度良い時間になったので、帰ろうと歩き出しながら。


「女子寮も――あんな風に可愛く出来たら良いなぁ……」

「それ良いわネッ! 外観も内装も滅茶苦茶可愛くしちゃいましょッ!」

「わはは! ピンクの女子寮か! 可愛らしいではないか! ついでに完成したら男避けの結界でも張ったらどうだ!」

「タッちゃんの夜這いを防ぐ事が出来るわネッ!」


 女子寮への新たなアイデアも生まれ、二人とも一層研修を頑張ろうと思った。賑やかに話しながら、海上都市内に繋ぎ直して貰った帰りのゲートに近付いた時――ふとケンが足を止める。


「…………?」

「ケンどん、どうした?」

「いや……」


 怪訝に瞬き、不思議そうにしてからケンが何でもないように笑った。


「二人とも先に帰って良いぞ。タツさんに男子会の誘いをするのを忘れていた!」

「アラッそれは大事ね! じゃあアタシ達は先に帰りましょう、メイちゃん!」

「へぇ」


 そうして二人を見送ると、ケンはおもむろオルニットを呼び出し跨った。

 そのまま飛び立つと、“不思議”の原因を探す。宮殿内の何処かで美しい音楽が奏でられている事はよくある。だから二人はいつもの事と思って気付かなかった。


 だがケンには“聞いた事の無い音”だった。普通に気になり、耳を澄まして元を辿ると――少し離れた尖塔の屋根に座っているタツが見えた。

 何やら楽器らしきを持っているから、音源はきっとあそこだろう。咄嗟に出た用事もある事だし、宙を駆けて其方へと向かった。

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