140 リサーチ

「女子会に対抗して男子会をやろうと思う」

「ほう!」

「親睦を深める会らしいから、なら男子がやッても良いだろうと思った」

「うむ! そうだな!」

「どういう会かは分かってねえけど、やッた事ねえしとりあえずやってみよう」

「ああ、チャレンジと思い出作りだな! 良いではないか!」


 翌日の早朝、洗面所で顔を合わすなり早速ケンに報告して快諾を得た。


「やり方からまず調べようと思うんだが、おまえは知ッてんのか?」

「男子会と名の付いたものはした事は無いが――女子会に倣うと、まあ集合して茶や菓子や酒や食事などを楽しみつつ会合をするらしい。パーティーゲームなどをする事もあるらしい。“らしい”しか知らぬがな。話題や実際に何が行われているかは男子禁制の為、流石の俺も知らんのだ……!」

「成る程、飲み物と食べる物……後は話題とゲーム……と……」


 鏡に向かい髭を剃るケンの横で、律儀に言われた通りにメモを取る。


「女子会に倣わない場合、男子会ッて名前が付かない時は何をしてたんだ?」

「うん? 普通の飲み会や男だけの悪ふざけの時か?」

「そういうやつ。おれした事ねえし、世界によって違うらしいし、参考に」

「そうさなあ……」


 顎を傾け髭をぞりぞりしつつ、鏡に映るケンが真剣な表情をする。皆と親睦を深めようと提案してくれた素晴らしい会だ。ガンの思い出作りにもなる新しい挑戦だ。そう思うと大変協力してやりたい気持ちになり、千年分の朧げな記憶を頑張って引っ繰り返していく。


 偉くなり過ぎた長い治世の間はどうもぴんと来ない。親睦を深めるにはもっと前の記憶が良いだろう――そう、ならば世界征服に明け暮れた古き懐かしき時代が良かろう。薄っすら思い出す血の気の多い猛将達や兵達、あの頃はまるで皆家族のようだった。野営の時や戦勝時のバカ騒ぎの記憶が薄っすらと蘇ってゆく。


「……まず、浴びるように酒を飲んでいた気がするな」

「おお、じゃあ酒は沢山用意しよう」

「後は肉だ。肉は欠かせん。皆貪るように肉を食っていた」

「肉だな。リョウに頼まねえとな」

「各々武勇伝を披露したり、失敗も面白可笑しく語り合ったり――後は……」

「おう」


 ガンは真面目な顔で言われる事をきちんとメモに取っていく。前の世界でも飲み会などした事は無いし、まったく未知の領域なのである。戦争と同じく情報は死活を分けると思っているので事前調査をとても大切にしていた。


「興が乗って来ると歌ったり、力比べや取っ組み合いをした記憶もあるな?」

「それが女子会で言うゲーム部分になんのかなァ」

「どうだろうな。基本は馬鹿騒ぎだぞ。最終的には裸踊りをしたり、度胸試しで崖から飛び降りたり、火の輪を潜る者も居た」

「そう聞くと女子会とはやッぱ違う気がするな?」


 流石に女子は裸踊りをしたり崖から飛び降りたり火の輪は潜らないだろうと思った。いや、分からない。男子禁制で誰も中身は知らないのだから真実は分からないが、流石にそれは無いと思いたいという顔でメモを取り続ける。


「ひとまずそんな所だろうか。また思い出したら言うぞ!」

「おう、ありがとな。参考になッた」


 記憶を手繰り終え、髭剃りを終えたケンがざばざばと顔を洗う。感謝の気持ちも籠めて、タオルを差し出してやった。


「おお、すまん。……まあ世界によって違うだろうし、色々聞いて良い所を集めた村オリジナルの男子会を作っても良いのではないか?」

「おー、そうだな。オリジナルって事にしたらちょッと位違ってても大丈夫だな!」


 顔を拭いたケンが笑顔で笑う。確かに、と思いガンも笑顔で頷いた。


「じゃあ色んな奴に聞いてみる」

「ああ! 俺は今日もメイさんとジラフさんの技術研修に行くから、ガンさんは男子会の調査と準備をしていて良いぞ! 楽しみにしていよう! 万事任せた!」

「分かッた」


 こうしてオリジナルの男子会を作るというガンのミッションが始まった。

 昨日の口ぶりだと、リョウとカイも大して女子会にも男子会にも詳しくは無さそうだ。聞くなら他の面子が良いだろう。メイとジラフは今日は技術研修で海上都市だし、タツも仕事が終わるとすぐに海上都市へ戻ってしまう。

 となると残るはベルと小人達だった。朝食後、迷わず魔女の屋敷へ向かう。



 * * *


 

「まあ! 男子会をするの? 良いじゃない!」

「おまえら女子会するんだろ? そんなら男子会やろうかと思ッて」


 最近ベルは神の図書館に篭りがちだったので、ちゃんと朝食の時にアポを取っておいた。豪華で趣味の良い応接間に通され、お茶と茶菓子を振舞われている。


「成る程ね。それでわたくしに何が聞きたいのかしら?」

「そもそも女子会も男子会もさ、何するか分かッてねえんだ。世界によっても違いがあるらしいし――――だから、カーチャンにアドバイス貰おうと思って。折角だから色々混ぜて村オリジナルの男子会にしてえんだよな」

「うふふ、偉いわガンナー! 素敵じゃない! わたくしを頼って正解よ!」


 こういう頼られ方はカーチャンとしても嬉しくなってしまう為、ベルもにこにこして一番美味しそうに焼けているクッキーを口に捻じ込んで来た。


「ふが」

「そうねえ、可愛いうちの子といえど女子会の秘密は教えてあげられないの。けれど相談やアドバイスなら幾らでも。今は何処まで決まっているの?」

「……うん、」


 大きなクッキーが口を塞いでいる為、まず噛み砕いて咀嚼してからメモを取り出し読み上げた。


「まず食べる物と飲む物。後は話題とゲーム……?」

「悪くないわね」

「ケンによると、ええとこれは女子会に倣わない場合な? 肉と酒、話題は武勇伝と失敗談。ゲームは力比べと取っ組み合い、裸踊りと度胸試し――崖から飛び降りたり火の輪を潜るッて事になってる。基本はバカ騒ぎだそうだ」

「ンンッ……! ケン様の男子会激しいわね……!?」

「間違ってるか……?」


 優雅に紅茶を飲みかけたベルが危うく噴きそうになる。何とか堪えて、ちらちら様子を窺ってくるガンを見返した。

 

「ケン様の世界でそれが日常だったのだとしたら、間違いではないのでしょうね。わたくしから否定は出来ないわ……!」

「そうかァ」

「ゲームの方は大変男の子という感じだし、なら話題の方を補強しようかしら」

「話題?」

「話題は大事よ」


 ベルが少し身を乗り出すので、ガンもちょっと身を乗り出す。


「話題にもマナーがあるの。浅い関係性と深い関係性でして良い話題は全然違うから、慎重に選ぶ必要があるわ」

「おお」

「とはいえ殿方の話題となるとわたくしもそこまでは――けれどまあ、根本は変わらないかしらね。ひとまず自慢話と政治と宗教、他人の悪口は止めた方が無難だわ」

「自慢話と武勇伝ッて違うのか?」


 ぼりぼり残りのクッキーを噛み砕きながら、ベルの言葉にメモを取り始める。


「女はね、他人の自慢話は気に障りやすくて難しいのよ。殿方の武勇伝は聞いていて感嘆出来るなら良いんじゃなくて?」

「そうかァ」

「女子会だと……差し障りが無い所で言うと、美容やダイエット、色んな愚痴や世間話に、有名人の噂話なんかで盛り上がるかしら。これが仲良くなっていくと、恋愛やちょっとした下ネタも混ざって……これ以上はちょっと言えないわ……」

「お、おう……」


 それ以上は大変下品になるし女子会の秘密が明かされてしまう為言えなかった。


「男だとなァ、美容もダイエットも興味無えだろうし……有名人つっても……」

「そうねえ、脱毛の話とかもするけれど……体毛の話って殿方はするのかしら? 男子会で置き換えるなら、筋肉や趣味や下ネタや恋愛って事になるのかしらねえ」

「おれ脱毛も体毛の話もした事ねえなァ。他の野郎は知らんけど」


 それでも一応『体毛、筋肉、趣味、下ネタ、恋愛』と書き綴っておく。


「まあ結局は、話が弾めば話題は何でも良いのよ。弾まなかった時に、主催から何か良い話題を提供して行けば自然と盛り上が――ああ、そうだわ!」

「……?」

「初めての主催で困るといけないし、良い物をあげましょうね」

「お、なになに?」


 何だろうと見守っていると、ベルが魔法で四角い何かを空間から取り出した。バスケットボール程のサイズの、角に少し丸みのある優しい形の立方体である。面ごとに色が塗り分けられている。


「何だそれ?」

「これは柔らかい素材で出来たサイコロよ」

「サイコロか」

「直接表面にお題を書くか、数字とお題をリンクさせて、話題に困った時はこれを順番に振らせなさい。お題トークは中々楽しいものよ」

「おー! 流石カーチャン!」


 それなら会慣れ? していない自分でも進行出来そうだ。カーチャンの心遣いに感謝し、有難くガンはカラフルなサイコロを受け取った。


「無難な話題とキツイ話題を混ぜておくとスリリングね。救済措置として、どうしても無理なお題の時は軽い罰ゲームでも用意しておいたら?」

「罰ゲームか」

「お題をパスする代わりに激辛やゲテモノ料理を食べるとかそういう」

「成る程」


 熱心にメモを取り、何度も頷く。


「後は小人の長老に話を聞くと良いわ。うちの小人達はずっと男所帯だったでしょう。長く過ごす内に何度も男子会をしている筈よ」

「確かに! サンキューカーチャン!」

「うふふ、どういたしまして! 楽しんでらっしゃいね」


 所々不穏な単語が書かれているが、メモは大分埋まり構想も出来てきた。カーチャンにお礼を言うと、ガンは早速小人の長老の所へと向かった。

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