世界最強リサイクル ~追い出された英雄達は新世界で『普通の暮らし』を目指したい~
おおいぬ喜翠
第一部 村完成編
01 プロローグ
勇者である彼は疲れ果てていた。
倦み荒み、嘗て溢れた世界への慈愛も尽きかけていた。
元は冴えない田舎の少年だった。それが神の託宣を受け、勇者として魔王討伐の旅へ発たざるを得なくなった。
大切な家族や友人、淡い思慕を抱いていた幼馴染、いずれ継ごうと励んでいた家業、慎ましくものどかな田舎の暮らし。大切な“今まで”と離れるのは酷く辛かったが、逆にそれらを守るための旅なのだと思えば前に進めたし、新たな仲間と広がる世界は徐々に彼を満たしていった。
決して楽な旅ではなかった。
幾度も死にかけ、沢山のものを失い、多くの戦いと試練に満ちた旅路だった。
得たものもある。仲間たちとのかけがえのない絆。救った人達の感謝や笑顔、先々ではじめて知る面白い文化や知識。世界の広さ。
厳しい旅路であったと言える。同時に有意義であったとも言える。
ただの村人であった彼が、あらゆる試練を越えて強くなり、はじめて魔王を倒したのは17歳の頃だった。パーティの半数以上を失う辛勝だったが、これで世界は救われ平和が取り戻されると思われた。
だがそれでは終わらなかった。
新たな魔王の台頭。再びの辛く厳しい旅路。
また得るもの、失うもの。それでも世界の為と思って戦った。
特別魔王が多かった世界なのか、それとも悪しきを喚ぶ“害意”が多かった世界なのかは判らない。
結局彼は何度も魔王を倒す事となった。
常人では成せぬ耐えられぬ旅。彼は神や精霊の試練を潜り、人を“越えて”いった。全ての魔王を倒せば、元の平和な暮らしに戻れると信じて。
10年以上の歳月を経て、世界からすべての魔王は駆逐された。彼はやり遂げたのだ。
世界中が彼の偉業を称え、感謝し、世に彼の名を知らぬ者は居なくなった。反響は彼の耳目にも届いたが、そんな事より終えたという安堵の方がずっと大きかった。
こうして世界に平和は――訪れなかった。
今度は人々による戦争が始まった。強すぎる“彼”の力を巡っての争いだった。勇者の力を利用せんとするあらゆる権謀術数、国家間の諍い。
周囲の人間も変わっていった。流されたり巻き込まれたり状況の違いこそあれ、全ては彼が普通に暮らすには“逸脱”し過ぎてしまった故の事だった。
最早魔王のせいではない。自分のせいで世界が平和でなくなってしまう。得るものはない。失われ、失われて行く。
耐えきれず彼は姿を隠した。最初は人のいない山野。それも見つかり、次には精霊達の郷、竜達の巣、エトセトラ。それでも追われ、または争いの種を振りまき――そんな事を繰り返し。
最早どうしようもなく疲れ果てた彼は神へと縋る事にした。
神々が住まう、どこまでも高く険しい山。その山頂で彼は願った。
「神よ、私を滅ぼしてください」
「このままでは私が次の魔王になってしまう」と。
神は彼の境遇を憐れみ、滅ぼす代わりにある提案をした。彼を知る者がいない新たな世界に送り、そちらで暮らしてはどうかと。
勇者はその提案を受け入れ、示された扉を潜った。
そんなプロローグを経て、新たな物語がはじまる。
* * *
扉を潜ると、一面の白だった。
どこまでも果てない、明るく白で満たされた空間。戸惑い、踏み出す事も躊躇っていると何処からか音が聞こえた。
遠くて近い、反響するような音。直接脳に響いてくるようなそれが、やがて声となり言葉を紡ぐ。
『今マデ・オ疲レ様デシタ。生世ニ居場所ヲ・ナクシタアナタ』
『私達ハ・アナタノ偉業ニ敬意ヲ払イマス。コレハ生世ニ・モウ居ラレナイ・アナタヘノ手向ケデス。私達ハ・相談シテ決メマシタ』
感情の窺えない不思議な抑揚。私“達”というから複数で話しているのかもしれないが区別は付かない。ひとまず言葉は挟まず耳を傾ける。
『新タナ世界ニアナタヲ送リマス。一度送レバ・二度ト戻ル事ハデキマセン』
『デスガ新世界ナラバ・アナタハ今マデノヨウニ強過ギルコトデ・差別サレタリハシナイデショウ。アナタノチカラヲ巡リ・奪イ合イガ・起キルコトモナイデショウ』
『アトハアナタ次第デス。転送ヲ望ミマスカ?』
口ぶりから、ここが新世界なのではなく送り出す場所なのだと理解する。
送られた先で何が待っているかは解らない。けれど疲れ果てた身にはその言葉だけで十分だった。目を閉じたのは一瞬。すぐに言葉は出た。
「…………ああ、望むよ」
『デハ言語設定ヲシマス』
『アナタガ現在メインデ使用シテイル・ルテアニア語ヲ新世界デノ・共通言語ニ設定シマス。ヨロシイデスカ?』
「共通言語……?よく分からないが、じゃあそれで」
『共通言語ノ設定を完了シマシタ。デハ次ニ・新世界ニ持チ込ム最強装備ノ設定ヲシマス』
『魔王ヤ邪神ヲ倒ス為ニ・与エラレル神造ノ伝説装備ナド・旧世界ノシステムニ関連シテイル装備ハ・オリジナルヲ持チ込メマセン。代ワリニ現時点デノ性能ヤ記憶ヲ模倣シタ完全ナルコピー・再現装備ヲオ渡シスル事ニナリマス』
「え、いや、それって勇者の盾とか剣だろ? そうまでして要らないけど……」
『コレハ手向ケデス。私達ハ相談シテ決メマシタ。拒否スル事ハデキマセン。不要ナラ使用シナイ事ヲオススメシマス』
『アナタガ最後ノ魔王ヲ討伐シタ際ノ装備ヲ設定シマス・ヨロシイデスカ?』
「あ、はい……じゃあそれで……」
『最強装備ノミ・任意ニ呼ビ出シ使用ガ出来ルヨウ魔紋内ニ収納シマス。アナタノ能力ハソノママ・今マデニ得タ技能ヤ祝福ナドモソノママ・モシクハ最強装備ト同ジヨウニ完全ナルコピートシテ移行サレマス』
「は……、おお……!」
はいと言い終える前に、利き手の甲に淡く光る紋章が浮かんで消えた。今言われた魔紋だろう。試さずとも、念じれば嘗て纏った最強の装備が呼び出されると理解が及ぶ。
魔王達を倒す為に集めた装備は、置いてくると拙いものは逃げる時に製造元の神や精霊に返却していた。だから各地に点在している筈だったし、神造も多いから恐らく殆どがコピーになるのだろうが、それをこの一瞬で。未知の技術に思わず息を飲む。
『最強装備ノ設定ヲ完了シマシタ。設定ハ以上デス』
『平等ノタメ・質問ナドハ受ケ付ケマセン。コレ以上説明モアリマセン』
『転送ヲ開始シマス。ヨロシイデスカ?』
「ああ、いや……」
平等って何だとか幾つか疑問は湧いたが、質問は受け付けてくれないようなので口を噤む。首を振り、一度大きく息を吸い、吐き。しっかりと顔をあげた。
「開始してくれて構わない。よろしく頼む」
『デハ、転送ヲ開始シマス』
通達と同時、白く明るい世界が更にまばゆく光を増した。
あまりの眩しさに目を閉じる。光に包まれてゆく。
『生世ニ居場所ヲナクスホド・頑張ッタアナタ』
『コノ先ドウカ・望ンダ安ラギガ訪レマスヨウ』
奇妙で感情も知れない抑揚の癖、最後の言葉だけは何故だか優しく響いた。
光が見る間に彼を塗り潰し――次に目を開いた時には、新世界だった。
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