第四章
▲▲▲▲の場合③
「いや、そうとは限らないんじゃない?」
村を出て、魔人たちのもとへ帰る。ヴルシェに村でのことを話すと、そんな言葉が返ってきた。
「……どういうことですか」
リョーが尋ねる。
「どういうことも何も、君はもう答えに辿りついてるようなものでしょ」ヴルシェは持って回った言い方をする。「キミのスキルは何なのさ」
「
リョーはすぐ気づいたようである。ゲンはまだ理解できていない。「あの、もっと分かりやすく――」
「【
それは――確かにそうだリョーはヴィヴェの存在どころか、魔人の存在を知らなかったが、『獵神』のスキルとして行使できていた。ならば竜人の始祖たる竜神が非実在としてもそのモデルとなった魔人がいれば、
「ヴルシェさんも、いるかどうか分からないんですか」
ゲンは尋ねる。ヴルシェは自身がモデルとなった神格を知らなかったが、数個は例を挙げていた。『獵神』に『
「うーん、分かんないね。その祠には残ってないの? 名前とか」
ヴルシェは言ってリョーを見る。
「――あ、確か竜神の名前は、代々龍巫にのみ伝えられるって聞いたことがあるような」
彼女は呟いた。
「大当たりかな」ヴルシェは言う。「恐らくそれがモデルだよ。じゃあ村に戻って訊いてきて」
「え?」
「ボクがついていってもいいけど」
「いや駄目ですよ」リョーはすぐ返す。「しばらくは
「ここクレミェにあげたのにー」
ヴルシェは愚痴る。「まあでも丁度よかったね。ボクたちも行こうか」
「村には行かないですよ」ゲンはすぐ言う。
「違うよ。もう忘れたの?」ヴルシェは袖から例によって鞄を取り出す――それを見た瞬間、ゲンは完全に思い出した。
フクシ―の腕である。
ダルテリによって斬り落とされた左腕。しかし彼自身、悪いことをしたと思っているようでヴルシェに呪具化を頼んでいた。それをフクシーに着けに、すなわちヴルシェが『贈与』しにいくのだ。
当然行かなければならない――が、なにぶん久々に会うため、どんな顔をして会いにいけばいいか分からない。そもそもゲンが生きていることを知っているのか――というか、ふつうに考えたら知る訳がないし、死んだものと考えているのではないか。死体は残っていないが、ゲンの身体が真っ二つになるのはあの場の全員が見ている。その後、生き永らえて魔人のペットとなっているとは誰も考えるまい。同じくフウにも無事を報告したいとも思ったが、彼と会うのはとりあえずリョーが戻ってからでいいだろう。目下考えるべきは、“
そもそも、どこに行けば会えるだろうか。よくパーティでうろついていた森はダルテリの出現により封鎖された――こうして見ると、ダルテリはしおらしくはしていたが結構いろいろやらかしている。それは今はいいとして、その後に魔人ヴレディもあの森に現れた。正確には分からないが、一週間ほど前か。まだ立入禁止が続いているだろう。とすればダルテリと会った日の夜に泊まった宿泊棟の部屋を先に想定すべきではあるが、あのパーティの奔放さを考慮すると新たな拠点を既に見つけている可能性はある。
そしてヴルシェの手によってしか呪具は着けられない訳だが――ヴルシェと連れだって街に行き、気ままにメンバーを探すなどということはあり得ない。つまりまずは、ゲンが一人で探しに行き、人気のないところ(例の森?)でヴルシェと落ち合い、呪具を贈与する、という流れに必然的になる。
ゲンはヴルシェと認識の共有をしようと顔を上げる――
魔人は。いつの間にか、いなくなっていた。
「……」
まさか早速、単身で街に繰り出したとは思わないが。
だとしたらどこへ消えたのだろう。彼のほうから言い出した辺り、かなりやる気があるようだったが、支度でもしているのか。何の支度を? そもそもどこで? 彼がヴルシェと出会った、厳密にはヴルシェに安置されていた、ところは特にこのクレミェの小屋と違って何もない地面だった。まだ連れていってもらっていない拠点があるのか。
ゲンは考えながらも、一人で残っていても仕方ないので建物の外に出た。すると、
彼が嵌めていた指輪が、うっすら光を発した、
と思ったら強い力でどこかへと引っ張られる。ゲンは指輪が指から抜けないよう押さえながら、何とか足を動かしてそれについていく。指輪は持ち主に構わず森に突っ込んだ。しばらく引っ張られると――少し開けた場所に出た。
「あ、来た来た」
そこにヴルシェはいた。隣には小柄な――角の生えた、魔人。両眉の上辺りから前向きに生えている。その魔人には、そうして生えていたが、
と、指輪は動きを止め――押さえていたゲンの指の隙間から出ていき、ヴルシェの頭に戻っていった。
「……え?」
彼は指を押さえたままの形で固まる。その呪具、‘
「いやー上手くいった、『時限呪具』」ヴルシェは嬉しそうに言う。「設定した用途通りに、一回しか使えない制約の下で、呪具を作ったんだ。長く使うのが前提のところを最低限の期間に留めることで性能を高めることができるし、一人当たり三つのスロットが埋まることがない。キミの発案のお蔭だね」
「えっと、どうも」ヴルシェの盛り上がりにゲンはついていけない。「あ、それより角はどうしたんですか」そう話題を転換した。
「それよりって。まあそっちも言いたいことだけど」ヴルシェは隣の魔人を見た。「コイツに隠してもらったんだ」小柄な魔人は、ピッとゲンを一目見ると、ぷいとヴルシェに隠れる。
ヴルシェの角は全く見えない。一見するとふつうの人間のようではある。そういうスキルということか。
「これで気にせず街に行けるね」
「いや――ヴルシェさんは顔割れてるんですよね? 角だけ隠したって」
「わがままだなあ」ヴルシェは溜息を吐く。「角がなかったら単なるそっくりさんでしょ。魔人と一緒にするなんて失礼だよ」
「早速人間になりきらないで下さい」ゲンは言う。「確かロイツさんは見たことあるって言ってたので、多分あの人にはバレます。フクシ―さんだけに会いに行くならまだしも」
「別に戦意ないから大丈夫だって」
ヴルシェは返す。「それに、ソイツが左腕を斬られたのはそいつのほうから斬りかかったからだってダルテリが言ってたじゃないか。心優しいボクも、危害を加えられなきゃ左腕を斬り落とすなんてことしないよ」
そう、ダルテリは言っていた――正当防衛だった、と。何があったか詳しくは聞いていないが、それが嘘である可能性はまずない。そう考える一つ目の理由は故意であったなら、わざわざヴルシェに呪具化など頼む必要がないからだ。腕を呪具にするために斬ったというのはおかしいし、キッカケはダルテリ側にあったが後に罪悪感が芽生えたのだとしても、嘘を吐くという不誠実な行為と矛盾する。二つ目の理由は、そもそも魔人が人間を傷つけることがほぼないからだ。《探索クエスト》と称して無闇に魔人に接近しようとする
「まあとは言っても、騒ぎになったら弁解のしようがないので――」
「もう遅いったらもう遅い!」
ヴルシェは、
そう叫ぶと、
ゲンを小脇に抱えて、走り出した。
*
森を、平原を駆け抜け、あっという間に会館に着いた。日が暮れるまでまだ数刻あり、多くのパーティはクエストを受注して出払っている。
ゲンは地面に降ろしてもらうと、「……まあ、入りますか」と観念して言う。
二人は会館の扉を開き、中へ入った。まずまっすぐ受付へ向かう。最初にすることは受付でのパーティの状況の確認である。クエストに出ているならここで待っていればいい。出ていないが現在地が分かっていればそこへ向かう。現在地が分からなければ、別のところで聞き込みをする。やることは明瞭だし、ゲンはパーティのメンバーだから情報は簡単に開示されるだろう。
「こんにちはー」
ゲンは受付の女性に声をかける。
「こんにちは! パーティの新規登録ですか?」
彼女はちらちらとヴルシェを見ながら返した。
「……ああ、えっと、違います」彼は言う。ヴルシェは確かに角を消して、人間たちの中に溶け込んでいる。ただその
なぜ一緒に行動していないかは尋ねられたら適当に答えればいい。現段階で自分から嘘を吐けば分が悪い。
「“白い杖”ですね。少々お待ち下さい」
彼女は席を立って奥の方へ行った。
「ほら、何もないでしょ」ヴルシェが耳打ちする。
「何もないことはないですよ」
ゲンが返していると、受付の女性が戻ってきた。
「すみません、パーティの現在地は分かったのですが、その、
――“
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