フクシー・ブルートーの場合③


「ティスリット山に向かってる。ヨーカーに乗ってるね」


 ソークはスキルを使いながら言った。ティスリット山は、昨日まで彼ら“白い杖”が拠点としていた森のある山である。現在は魔人の目撃によって立入禁止となっている。


「先回りしようかの」


 ロイツの言葉に一同は頷く。


「スキル【碇綱】使用。


 スキル【巌窟王】使用。一度では行けないからね」


 ソークと三人が見えない鎖で繋がれ、部屋から――消えた。



「まずいね」


 二度の中継を経て、ソークは到着するなり行った。


「ヨーカーに、気づかれてる。今方向を変えた」


「移動――しても、いたちごっこか。どうするロイツ」


「分かれようかの」ロイツは答える。「森の外縁に等間隔に並ぶ。山を目指しているとはいえ目的はここじゃろうて」


「私とロイツが端に行く。ゲンはもう少し西側を頼む」


 フクシ―が言って、走り出した。ロイツも走り出す。


 ゲンも、少し遅れて走る。「『人は奔る――奔るは人』!」詠唱して、バフをかけておく。


 なぜノリアは森を目指しているのか。ロイツとフクシ―は理解しているようだ――フクシーは、ゲンがしたノリアの話に反応し、行動に移った。、とゲンは言った――そこから考えられる、少女の行動は、



 ――魔人に、もう一度会おうとしている?



 しかしそれは危険だ。彼女も見たはずである、フクシーが左腕を失っているのを。ノリアなど一撃で消し飛ばされるに違いない。それでも向かっているのは、


 彼女が、魔人だから。


 少なくとも、彼女自身はそう思っているから。


 いや、いっそそれでもいい、彼女が魔人だとしよう。そうだとして、昨日の魔人が、仲よくしてくれるとは限らないのである。魔人は群れない。ノリアが会いにいったところでやはり攻撃されるに違いない。彼女は世界について知るにはまだ幼く、同じ種族なら仲よくして当然、それが正しいことだと信じて疑わない年齢だろう。だから自分が魔人だと分かった時、に苛められた理由をそこに求め、ならあたたかく迎えてくれるはずだと考えを発展させたのだ。


 しかし大人の立場から、言わせてもらえば――ノリアを苛めた子たちは、わざわざ『魔人』だとからかったのである。それは内での階層づけ。ある程度群れる人間ですらそうなのだかだ、群れない魔人の場合は、どうなるのか。



 そこで、ようやくノリアの姿が見えた。


 ゲンのほうにまっすぐ向かってきているようだ。


「『人は喰らう――喰らうは大地』!」


 ゲンはいつかと同じ詠唱をする。あの時は虎を捕らえるため。今は、仲間を捕らえるために。


 ノリアは問答無用で突っ込んでくる。


 突進してくる狼。


 ゲンは集中する。


 狼はゲンが仕掛けた罠にあっさりかかり、地面に沈んでいった――割れ目は獲物がかかった時点からどんどん閉じていく――



 ――ノリアは。ヨーカーの背を飛び出し。



 ゲンに向かって、まっすぐ飛んでいった。



使!」



 ゲンの身体が――勝手に動き、ノリアがちょうど落ちるポイントに移動する。どさっと、彼は落ちてくる少女をキャッチした。


「ふー――危なかったあ」


 ノリアはゲンの腕の中で呟く。


「危なかった、じゃない!」


 ゲンは思わず大声を出した。彼女はビクッと体を震わせる。「勝手に飛び出して――他の皆も、探してるから」


「……ヨーカーを出してあげて」


 ノリアの言葉はそうだった。少し考えた後、


「『大地は吐く――吐くは獣』」


 ゲンが唱えると、ヨーカーは穴からぴょんと出てきて、顔をぶるると振るった。


「じゃあ、戻――」


「ダメ」


 ノリアは言う。


 ゲンは彼女を地面に置こうとするが――脚が曲がらない。腰も動かない。ただ少女を抱く手に力が入る。


 そうだ。


 先ほど、彼女はスキルを使用した。


 スキル【乗回】。


 彼女は狼を操れる。彼女のスキルを限界突破する際、彼女は言っていた――。つまりスキルなのだ。


「あの人と話してみたいだけなの」


「……駄目だ」


「お願い。だって、わたしは――」


「違う!」


 ゲンは言った。


「ノリアは人間だ! 角だって生えてないし、ぷにぷにが好きだし、キノコが好きだし、言うこと聞ける良い子だ、だから――ノリアは、」




「スキル【不朽】使用!」




 誰かの声が聞こえた、


 いや、その声は、


 その、スキルは、




「そこの二人! ここは立入禁止だ――って……ゲン?」




「……フウさん」


 それはかつてゲンを追放した、“オリーブの鱗”の攻撃手アタッカー、フウ・ドリットであった。

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