第48話 インド人もびっくり!

「はー。緊張した」


 父が出ていった後の部屋で、私は息を吐いた。

 まだ千代と三島君は私の部屋にいる。

 なんだか気恥ずかしくて、私は二人に向かってえへへと笑う。

 千代が私の肩にぽんと手を置く。


「ちーちゃん……」


 言いたいことが言えて、しかもそれを一応だけど認められることが出来て緊張の糸が切れた私はへにゃりと笑う。

 この場に千代と三島君がいてくれてよかった。

 なんとか伝えられたけど、二人がいなかったらちゃんと言えていたかどうかわからない。結構、勇気が必要だったから。

 千代が労るように私の肩をぽむぽむ叩いてくれる。

 それから、私に寄りかかって泣き崩れるようなポーズをする。


「天音っち……。お父さんは嬉しいよ。よよよ」

「お、お父さん!」

「って、いうのは置いといて」

「置いとくの!?」

「すごいね。天音っち、そんなこと考えてたんだね」

「あ、うん」

「も~、水くさいなぁ。それならそうと言ってくれてもいいのに。いきなりだったから、びっくりしちゃったよ」

「お父さんのシェニ声の方がびっくりしてたみたいだけど?」

「そ、それは……。って、それは当たり前でしょ! 推しの声を聞かされて平常心でいられるわけないじゃないか!」


 千代が開き直る。

 こういうところも素直で好きだなと思う。


「でも、すごくかっこよかったよ。天音っち」

「え? か、かっこいい?」

「うん! 自分のやりたいことがあんな風にハッキリ言えるなんて。しかも、堂々と! それに比べたら私なんて将来なにになりたいかなんて全然決まってないし」

「そ、そんな。私だって……」

「ねー。三島だってそうでしょ? 将来なんてわかんないよね」

「え? 俺? 俺はフツーにプログラマーとか、そっち系いけたらいいなと思ってるけど?」

「は? マジ? なんなんすか君たち。本当に最近の若者かね? なに早々と将来決めちゃってんの?」

「そうなんだ。すごいね、三島君」


 私と千代が真逆のトーンで三島君に反応する。


「いや、そんな。好きなことやろうかと思ってるだけで」


 三島君は照れた様子で答える。

 私は最近になって思い立っただけだけど三島君は前から決めていたみたいだし、そっちの方がすごいと思う。


「動画作ったり、色々してくれたのも三島君だもんね。きっとなれるよ!」

「お、おう」

「はー。いいなあ。私なんてなんにも決まってないのに……」


 千代が一人でしょんぼりしてる。


「ちーちゃんはイラスト描けるのに? 私にはそっちの方が出来ないよ?」

「私くらいの人なんていっぱいいるよ」

「え、そんなこと言ったら私だって……」

「天音っちは違う! じゃなきゃ、あんなに閲覧数だって伸びないよ。いくら有名な作品の朗読だからって声が良くなきゃ聞こうって思わないよ! だから、声優にだってきっとなれるよ! 前から言ってたでしょ? 声優にならないのもったいないって!」

「そうだった。前はちゃんと聞いてなかった。ごめん」

「全く。天音っちはしょうがないな」


 千代がやれやれとポーズまで付けて、ため息を吐く。


「うん。でも、ありがと。ちーちゃんがVtuberやろうって言ってくれなきゃ、こんな気持ちに気付けなかったと思う」

「そうかなぁ? 天音っちなら自分で気付いてたんじゃないかな? のんびりなとこあるから気付いた頃にはおばあちゃんだったりしたかもだけど」


 あははと千代が笑う。

 けど、私のことだ。案外シャレになってなかったりしたかも……。

 なんて考えていたら千代が言った。


「って、そうだ。Vtuberは、いきなり辞めたりしないんだよね!? 藤沢さん、めっちゃ心配してたみたいだけど」

「あ、そうだった。そっち、ちゃんと聞くの忘れてた」


 声優になりたいってことを伝えなきゃって、そればかり考えてしまって頭が回っていなかった。

 だけど。


「大丈夫。うちのお父さんのことだから、ちゃんと話せばわかってくれると思う」

「よかった。……ってことは、天音っちは続けてくれる意思あるってこと!?」

「う、うん。そんなにびっくりする?」

「そりゃそうだよー。声優への道を歩むために辞めちゃうとか思ったよ-」


 心底ほっとしたように千代が言う。


「けど、Vtuberは高校卒業するまで、くらいにしようかなとは思ってる。その後は本当に本気で声優を目指したいなって。だから、そっちに集中したいかなって思う。それでも、いいかな?」


 千代は嫌だって言うだろうか。だって、こんなにも楽しくやってる。それを私一人のわがままで辞めちゃうなんて。

 だけど、千代は笑って言った。


「そっかそっかー。それは残念。けど、やりたいことあるならしょうがないよね。うん。それまでだけでも一緒に出来たら嬉しいよ」


 千代はちょっぴり残念そうにだけど、うんうんと頷いている。


「ありがと! ちーちゃん!」

「わっ! 天音っち!?」


 思わず千代に抱きついてしまった。

 千代には本当に感謝している。ありがとう以上の言葉で伝えられないのが残念なくらい。

 本当に、大切で大切で大好きな友達だ。

 そんな千代が急にむっつりとした顔になる。やっぱり嫌だった!? と思ったけど。


「それにしても二人揃って、将来のことがもう決まってるとかさー。お似合いかよ。もう、付き合っちまえよ。まあ、フツーの高校生なんて将来のことなんてまだまだわかんないもんだし、私もこれからのんびり決めればいいかと思ってるけどね」


 はっはっはと千代は笑う。

 千代ならきっとなんとかなるから大丈夫だと思う。むしろ、私の方が難しい道を選んじゃったわけで……。

 ん? 今、なんて言った?

 千代が私たちのことお似合いって?

 付き合えって?

 千代は三島君のこと好きなんじゃ?

 まさか将来のことがわからなくなって自暴自棄になって言ってる?

 私はひそひそと三島君に聞かれないように、千代に耳打ちする。


「ちーちゃんって、三島君のこと好きなんじゃないの? そんなこと言ったら三島君が誤解して……」

「はぁあああああああ!? 無い無い! それは無い! そんなことあったらインド人もびっくりだよ!?」


 千代が叫ぶ。


「違ったの!? てか、どこからインド人が!?」

「違うよ! どっからどうやって、そんな誤解が!? むしろ!」


 三島君はきょとんとした顔でこちらを見ている。さっきの内緒話は聞かれてないみたい。


「未だに全然進んでなかったんかーい!! あんなにお膳立てしてたのに!?」

「な! なんだよ急に……」


 三島君がびくんと反応している。

 そんな三島君を尻目に千代は深々とため息を吐いて、


「まあ、天音っちの気持ちってのもあるけど。むしろ、そっちの方が大事だけど……。その調子だと伝えてもなさそうだよね……。ヨシ!」


 唐突に立ち上がる。


「私ちょっと用事思い出したから今日はもう帰ろうと思ってるんだけど! あ、三島はもう少しいるんだよね?」


 千代は、なんだか威圧感のある笑みを三島君に向けた。

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