第32話 方向性、間違ってない?

『こ、こんにちは! 初めての方は、初めましてにゃ。猫野まふですにゃ。今日は宝くじを買ってみました。にゃー』


 じゃーん! 机の上に載ったスクラッチくじが映る。それと、もふもふの手袋をはめた手。猫なので、生身の手はありません。


『えーと、学生でお金が無いので一枚しか買えませんでしたっ。にゃーん……』


 しょんぼりする猫野まふ。


 コメント

『え、一枚……』


「再生数少ない割にコメントしてくれてる人いるのはありがたい、けど……」


 千代が呟いている。


「ツッコまずにはいられないんだろうね……」

「ああ、一枚とかしょぼいよな……」


 私と三島君も思わず呟かずにはいられない。

 だけど、一回目よりはちょっと喋りがマシになっているだろうか。まだまだだけど。


『で、では削っていきますっ』


 猫野まふが言ったと同時に、画面にバーンと文字が出る。


『スクラッチくじ! 10分掛けて一枚削ってみる!』


 なんというクソ企画!

 思い付いたときは三人で笑ってしまってノリでやってしまったけど、改めて動画にしてみると、こうしてネットに上がってみると、……クソだ!

 サムネ画像を見たときは、まだイケると思ったんだけど。やっぱり全然イケてない!

 我に返るとダメなやつ!

 すん、という文字が画面に表示されそうな勢いだ。


『あ、見えてきました』


 銀を剥がしたところから何か記号っぽいものが見えてくる。そうなると早く見たいと思って手が早くなってしまうものだ。だけど私は我慢した。


『慎重にいきますにゃ』


 ここは丁寧に、丁寧に。

 動画の中の自分がやっているのに、思わず心の中で呟いてしまう。


「静かだね」

「ああ、静かだな」

「あー、えっと、もうちょっと何か話した方がよかったかな……」

「多分、そうだね」

「ううー、真剣にやろうとすると無口になっちゃうから……」


 けど、言われていることもわかる。延々スクラッチを削っているだけって、見所がわからない。こうして改めて見てみると、せめて何か語りで魅せなくてはってことは理解出来る。

 そう思うと、父のトークショーはすごかった。握手会もあった、千代と行ったアレだ。ちゃんと笑いも取ったりして、メリハリのついた話し方だった。来ていたファンも、もちろん千代も大満足の様子だった。きっとあれはどうすれば来ているファンの人たちが喜んでくれるか考えていたに違いない。

 娘のことを聞かれたときも、一応受けを狙っていたのかな。かなり心臓に悪かったけど。本音だったような気もするけど。だけど、ちゃんとファンの人たちを湧かせていたから父のアレはプロの仕事だ。

 私たちでは比べものにならない。

 やってみなければわからなかった。

 しかも、あの時は録画じゃなくてその場で! 人前で! 生で! だ。

 私には無理。


『ゆっくり削るのは、なかなか難しいですね』


 動画の中の私は当たり障りの無いことを言っている。

 うう。聞いてて面白くもない。

 しかも、もふもふの手袋なんか付けているから感覚も微妙にいつもと違っていて、削るところがちょっとズレてしまったりする。

 しかも、この動画……。


『はっ……、くしゅっ!』


 ガリッ!


『ああっ!』


 そう。

 失敗してるのだ。

 私がくしゃみを堪えきれなくて、思わずやってしまったから……。


『ごごご、ごめんなさいっ。予備のくじもないのに……。あううう』


 やってしまったときと同じように、私は再び頭を抱えた。

 スクラッチくじはというと、思いっ切り削れている。


『ううー、やっちゃいました……。え、えーと、ハズレみたいです……』


 しかも、完全にハズレだということがわかってしまうような削り方をしている。


『ごめんなさい! ごめんなさい! あ、えっと、にゃ゛!』


 ちらりと、千代と三島君を見ると。


「なんで、これで再生数伸びないんだろう。解せぬ」


 千代の言葉に三島君がうんうんと頷いている。


「このおろおろ感とか、失敗してるドジっ子感がめっちゃ可愛いのに」


 更に頷く三島君。

 三島君!?


『スクラッチくじ10分掛けて一枚削ってみる! 失敗しちゃいましたが、また見てくれると嬉しいですにゃ。それではまたー。チャンネル登録してもらえると嬉しいですにゃ』


 終わった。

 強引に終わった。

 こうしてネットに上げるまではなんとかなるかと思ってたけど、なんともなってない!

 なんで大丈夫だって思ったんだろう。

 こんなんでチャンネル登録とかしたくない!


「やっぱり、私、Vtuber全然向いていない気がする……」


 思わずため息を吐いてしまう。


「ごめんね。二人が一生懸命作ってくれてるのに、私がもっとちゃんと出来れば……」

「そんなことない!」


 下を向いてしょぼんとしていたら、千代にがしっと肩を掴まれた。


「これでイケるとか錯覚してしまった私たちも悪かった! だって、天音っちのドジっ子っぷりが可愛すぎるのがいけない! 世界中の人が可愛いと思ってくれると思ってしまったんだ! でも、諦めずにいこう! 再生数ひどいもんだけど! この天音っちの姿が見られなくなるのはもったいない! きっと知名度が低すぎるだけだっ!」


 なんで三島君まで、また千代の横で頷いているんだろう。この路線で間違ってないと思ってるのかな。

 私はそうは思えないんだけど……。

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