第2話 目のやり場、ください

『わっ! ヤバっ』

「下がって下がって-」

『ごめ、巻き込まれた』

「すぐ生き返らすからだいじょぶ」

『ありがとー!』

「バフも掛けるから待ってて」

『わかった!』

「よし、行けー」

『うおおおおお! よっしゃー! 勝った-!』

「ふー」


 思わずおでこの汗を拭うような仕草をしてしまう。

 私は千代とボイチャしながらゲームの中の強敵に立ち向かっていた。


『やっと勝てたね。ありがとー』

「いやいや、ちーちゃんが強いからだよ」

『やー、天音っちがいないと無理だよ。私すぐ突っ込んでいっちゃうし』


 本人が言っているとおり、千代はすぐに前に出たがる癖がある。前衛大好き。攻撃大好き。いわゆる脳筋、というやつだ。私はどちらかと言えば後衛が好きなのでバランスは取れているわけだが。


『あ、そろそろご飯みたい』

「うん、じゃあ。またー」

「ご飯だぞ-」


 千代がボイチャを切ろうとした瞬間、ガチャリと私の部屋のドアが開いてお父さんがひょっこりと顔を出した。

 私は瞬時に立ち上がり、ものすごい勢いでドアに向かう。閉める! 父がこれ以上何か言う前に!


『今、なんか、藤沢和孝の声しなかった?』

「き、気のせいじゃない? それか、テレビの音が聞こえたとか?」

『え、ホント? もしかして今どっかでテレビ出てたっけ。うわ、チェックしてない! ちょっと確認してみる! じゃ、また明日!』


 瞬時にボイチャが切れる。私は、ふうっと息をつく。

 再びドアが開く。


「天音?」


 お父さんがおずおずと私の部屋をのぞいている。


「勝手に開けないでって言ってるでしょー!」

「す、すまん」

「ちゃんとノックしてよ!」

「わかったわかった。今度からするから」

「って、前も言ったのに全然気を付けてくれないじゃん! 全く!」


 高校生にもなった娘の部屋をノックも無しで開けるなんて、デリカシーが無い!

 それ以上に……、バレたらどうしてくれるんだ!

 今のはかなり焦った。ちょうど今、父が出ているテレビなんかをやっていてくれるといいのだが。


「早く行かないと、ご飯冷めるぞ?」

「先行ってて! すぐ行くから」


 父はすごすごと階段を下りていく。

 私はプレイしていたオンラインゲームをログアウトしてその後に続く。

 向かった先のリビングでは、


「今日はこの番組、和孝さんがナレーションだから楽しみにしてたのよね。なかなかこういうお仕事来ないでしょ? うんうん。和孝さんはこういう語りも合ってるわよね。この聞き取りやすくて穏やかな声。さすが和孝さん!」

「いや~、そうかな。洋子ようこさんにそう言ってもらえると嬉しいなあ」

「こういうのはブルーレイにもならないし、録画もしておいたのよ。永久保存版ね!」


 父と母の愛の劇場が繰り広げられていた。

 そう。うちの母は父の声が大好きだ。元々すごいファンだったらしい。なんなら父の出演している作品を集めたコレクション部屋もあるくらいだ。

 母の言うとおり、テレビからは父の声が聞こえてくる。私はほっと胸を撫で下ろした。本当に父がテレビに出ているか不安だったが、これで千代をごまかせる。


「もちろん、声だけじゃなくて全部大好きだから安心してね」


 母に言われて父がでれでれしている。そんなものを毎日見せつけられる娘の身にもなって欲しい。まあ、いつものことなので、もう慣れているが……。


「ねえ、早く食べないとご飯冷めるんじゃないの?」


 今度は逆に私が声を掛けないと、二人の世界はいつまでも続きそうだった。

 それにしても、家の中でまで仕事のことなんか言われたら嫌になりそうなものだが、二人のラブラブっぷりは私が物心ついた頃からずっと続いているので、問題ないらしい。

 母は本人が目の前にいるのに、テレビから聞こえる父の声に始終喜んだり、顔をとろけさせたり。父はそんな母の様子を見て、始終目尻を下げている。むしろ褒められまくって嬉しそうだ。

 食事の時くらい自重してくれ。

 両親の仲が冷め切っている、なんて状況よりはいいと思うけども。

 限度ってものがある!

 ともあれ、娘としては目のやり場が無いわけで、黙々とご飯とおかずを口に運ぶ。それ自体は苦痛ではない。母の料理はいつも美味しいからだ。


「洋子さんのご飯はいつも美味しいなあ」


 が、いつも私が口に出す前に父に言われてしまう。


「もー、和孝さんったら。あっ、ねえ、そのセリフ、シェニの声でやってくれない? ほら、前に和孝さんがやってた役! 今でも好きなのよねー」

「えー、かなり前のだなあ。う、ううん」


 などと言いながら、まんざらでもなさそうにせき払いをする。

 そして、


「洋子の飯は最高にうまいぜ! 毎日でも食いたいくらいだ!」

「キャー!」


 母の黄色い声が上がる。

 むう、と私も唸りそうになる。

 さっきまではただのオッサンだったくせに、セリフを言う一瞬、少年がそこにいた。母が好きだと言ったシェニの役をやっていたのはかなり前のはずなのだが、そのキャラとしか思えない声だった。

 当時めちゃくちゃ人気だった五人の美少年がロボットに乗って戦うアニメで、父はその中の少年一人で結構な人気キャラの役をやっている。

 私も母が鑑賞しているのを一緒に見ていたことがあるので、それくらいは知っている。全く衰えていない。

 正直、さすが本業の声優だと我が父ながら尊敬、してしまう。


「今でもシェニの声が聞けるなんて! 私、幸せ!」

「いやー、そんな」


 と、感心したところで父はすっかり普段通りの父に戻っている。その声も充分いいにはいいのだが……、パジャマに無精髭伸びっぱなしなの休日のお父さん姿なのが最高に締まらない。

 と、私は思うが、


「もー、かっこいい! かっこいい! 和孝さん!」


 母はそんな姿も全く気にならないようだ。何かフィルターでも掛かっているのだろうか。

 二人が幸せそうだから、別にいいのだが。

 うん。


「ごちそうさまでした」


 だから、私は二重の意味でそう言うしかない。

 こんなラブラブ夫婦っぷり、千代が見たら卒倒してしまうに違いない。

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